16-8 ロードバイク
「こんにちは~」
声を掛けて来たのは、自転車⋯いやロードバイクと呼ぶのか、そんなスポーティーな感じの自転車を推してくる男性だった。
その男性は自転車を推しながら、高級住宅の庭に入り、俺と彼女の座るテラステーブルへと向かってくる。
ロードバイク用のヘルメットにサングラスで、人相がはっきりとしない。
体の線がわかるピッタリとしたジャージに、八分丈のボトムスを身に着け、たすき掛けにしたバッグ、いかにもサイクリストな装いだ。
男性はテラス屋根を支える柱にロードバイクを立て掛けると、俺と彼女の方へと歩いて来る。
二人で椅子から立ち上がり、彼女を男性から庇うように立たせる。
彼女と俺で男性を凝視すると、男性はおもむろにサングラスを外した。
「あれ?もしかして⋯アマツカさん?」
俺の後ろに半分隠れていた彼女は、『アマツカ』と男性の名を呼び、俺の隣に並ぶように前に出てきた。
彼女はこの男性を知ってるようだ。
「これはこれは由美子さん」
「お久しぶりです」
男性は彼女の名を呼び、彼女は挨拶言葉を口にする。
「元気に過ごされていますか?」
「ええ、おかげさまで。今日はお一人でいらしたんですか?」
「ええ、今日は一人です。進一さんは?」
「兄は、多分、向こうだと思います。呼びましょうか?」
「ええ、お願いできますか?」
そんな会話を男性と彼女が重ねて、彼女は俺と男性に背を向け、スマホで通話を始めた。
「もしもし、お兄ちゃん?」
一方の俺は男性と目線が合い、互いの顔を見つめた。
男性が外したサングラスを首元に掛け、たすき掛けにしたバッグから銀縁のメガネを取り出した。
そしてメガネを掛けた顔を俺に見せてきた。
この男性を俺は知っている。
「メガネ執事さん⋯」
「ようやく思い出しましたか?」
アマツカさん=メガネ執事さんが、俺との緊張を解くように、笑顔を見せてくる。
あのコスプレ集団にいた、メガネ執事さんだ。
淡路島の実家に訪れた、サンダースさん=神様御一行の一人、メガネ執事さんで間違いない。
「すいません。見馴れない御姿だったので⋯」
「一応、TPOをわきまえたスタイルだと思いますが?(笑」
メガネ執事さん。
隠岐の島をロードバイクで観光ですか?
「ところで二郎さん。あれは何を?」
そう述べて、メガネ執事さんは空き缶に乗せられた炭を指差した。
「ああ、あれですか?」
「何かをされるんですか?」
メガネ執事さん。
答えがたい質問を直球で投げないでください。
「その⋯炭に火をつけようと⋯」
空き缶の上の炭を、メガネ執事さんと共に見つめる。
「着火材とライターは無いのですか?」
おっしゃるとおりです。
炭に火を着けるなら、着火材とライターがあれば可能だと思います。
どう答えようか迷ったが、メガネ執事さんはサンダースさん御一行のメンバーだ。
『魔法』や『魔石』の話をしても大丈夫だろうと決断した。
「『魔法』で火を着けるんです」
「着火材やライターを使わず、どうして『魔法』で火を着けようと?」
メガネ執事さん。
2球目も豪速球で、しかも容赦無用の内角攻めですか?
「いや、『魔法』を使うのが最終目的ではなく⋯」
「『魔石』にご自身の『魔素』を『充填』するためですか?」
はい。容赦無用の3球三振です。
「まあ、そんなところです」
「一言、申し上げて宜しいですか?」
「ええ、何でしょうか?」
「今の二郎さんでは無理ですね」
はいはい。
バッターアウトの宣告ですね。
「お気を悪くされないことを願います」
「いえ、おっしゃるとおりですので⋯」
俺は何も返答が出来ずに、思わず魔石を握り混んだ左手に力を混めた。
その時、彼女が声を掛けてきた。
「アマツカさん。兄さんが何時でも来てくださいって言ってます」
彼女が通話を終えて、再び俺と並んでメガネ執事さんと向かい合う。
「由美子さん、ありがとうございます。それと二郎さん⋯」
メガネ執事さんが彼女に礼を述べ、俺の名を口にして暫し間をおいた。
「二郎さん、まずは信じる事です」
メガネ執事さんはそう告げると、俺達に背を向けテラス屋根を支える柱に立て掛けたロードバイクに向けて足を進めた。
俺はただ呆然と、ロードバイクを推しながら高級住宅の庭を出て行くメガネ執事さんの背を目で追う。
そんな俺に彼女が腕を絡ませてきた。
俺は慌てて彼女に聞いてしまう。
「由美子は、メガネ執事さんを知ってるの?」
「メガネ執事?プッ(笑」
「いや、その、アマツカさん?を由美子は知ってるの?」
「ええ、随分と助けてもらいました。それより『メガネ執事』って何ですか⋯プププ(笑」
口を押さえて笑わないで。
「センパイ、その言い方って変な漫画の読み過ぎです⋯プププ(笑」
ダメだ。
彼女の笑いのツボを押してしまったようだ。
「メガネ執事だってぇ~ アヒャヒャヒャ(笑」
笑いのツボを押しすぎて壊れたか?
「しかも、セバスチャンとか言ってるし アヒャヒャヒャ(笑」
おいおい、俺は『セバスチャン』何て言ってないぞ。
お腹を抱えて笑う彼女を放置して振り返り、メガネ執事さんを探すが既に姿が見当たらなかった。