16-7 彼女の場合
「センパイ。どうします?」
おいおい。俺に聞かないで。
隠岐の島の彼女の実家、高級住宅な家のテラスに彼女と並んで座る。
目の前のテラステーブルには、100円ショップで売っていそうなピンクのバケツ。
ピンクのバケツには、ギラリギラリと俺を睨み返す『魔石』が10個以上は入っている。
その『魔石』と同じ物が、俺の手の中にも一つある。
昨日、この高級住宅の整備された庭でBBQが行われ、俺はその最中に『エルフの魔石』に俺の『魔素』を『充填』して『勇者の魔石』を作った。
いや、正しくは『作ってしまった』だ。
その『勇者の魔石』を彼女の義叔父の正徳さんと彼女の兄の進一さんが調べ、さらに追加で作って欲しいと依頼されたのだ。
しかも『勇者の魔石』を『作ってしまった』際には、『魔力切れ』なる症状に陥り多大な疲労感に襲われ、暫し意識を失う程だった。
その『作ってしまった』のに重要なアイテム、『空き缶の上に置かれた炭』も少し離れた場所に準備されている。
けれども俺は困惑している。
作り方がわからないのだ。
「何をどうすれば成功するかが、まったくわからないんだけど?」
「二人で一緒に頑張りましょう♥️」
いやいや。
♥️は嬉しいけど、今日のこの流れじゃないよね?
「教えて欲しいんだけど、さっきのは、どうやったの?あの古いペンダントの『魔石』に『魔素』を『充填』したやつ」
「ああ、あれですね。簡単ですよ。新しい方から古い方に『魔素』が移れ~って強くお願いするんです」
はいはい。それはわかります。
「けど、兄さんの依頼は違いますよね?」
「そうだね。由美子の言うとおりだな」
今回の進一さんの願いは、俺の『魔素』を『魔石』に『充填』することだ。
「だから、センパイが自分でやらないと出来ませんよね?」
「それって、俺が⋯俺の体の中に『魔素』が在って、それをこの『魔石』に移れ~って⋯」
そこまで話して、彼女が俺をじっと見つめてきた。
彼女は俺の瞳を、真顔で真っ直ぐに見つめてくる。
普段はかわいい笑顔の彼女に、真顔で見つめられるとドキドキしてしまう。
「あると思いますよ」
「何でそう思うの?」
「だって、センパイ⋯」
そう言った彼女は、胸元の魔石に両手を添えて目を瞑り、乙女の祈りのような仕草をした。
そして閉じていた瞳をゆっくりと開け、再び俺を見つめてきた。
「やっぱり、センパイは金色じゃないですか」
「えっ?『金色』?」
その言葉で金髪イケメン親子の顔が浮かぶ。
息子の恭平君は初対面の俺を『金色のお兄ちゃん』と呼び、父親の進一さんも『魔石』を使えば『魔素』の色が見えると言う。
「もしかして、由美子は『魔素』の色が見えるの?」
「へへへ」
かわいい笑顔だね。
「初めてセンパイを見かけた時、あれって思いました」
「⋯」
「それに、恭平ちゃんも金色だって言ってたじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って。恭平君が見えるのを知ってるの?」
「兄に聞いて、里依紗さんにも聞いて、恭平ちゃんも見えるんだと確信しました」
「俺は進一さんに聞いたんだけど⋯」
やはり親族だけある。
そうした話を、平然と出来るんだと感心させられる。
「もしかして、吉江さんや、保江さん、美江さんも見えるの?」
「母さんはわからないです。保江姉さんや美江姉さんは見えてるかもしれないです。そんな話をしてましたから」
御親族でも、それなりの話で済ます部分もあるんですね。
「それで、センパイ。これをどうします?」
彼女が指差すのは、テラステーブルに置かれたピンクのバケツ。
彼女はそれを自分の方に少し寄せると、ガラガラとピンクのバケツの中で魔石が転がる音がする。
『魔石』をこんなにも無造作に扱ってしまって、良いのだろうかと心の奥底で考えてしまう。
そんな考えよりも、今は自分の『魔素』をどうやって『魔石』に『『充填』するかが問題だ。
「由美子が始めてやった時は?」
「私が市之助さんに言われてやった時は⋯自分の中に魔素があることを信じなさいって言われました」
なるほど。
一理ある言葉だと思う。
「センパイ。信じられます?」
「う~ん。直ぐには信じられないよね。けれども俺は、実際に経験してるんだから信じるしかないね」
俺の言葉に彼女はニッコリと微笑む。
「それで、市之助さんに言われた後はどうなったの?」
「兄が褒められたんです」
由美子、ごめん。
どこか話が飛んでる気がするよ。
「兄さんと市之助さんがやってて、楽しそうだから、私も見よう見真似にやってみたんです」
兄と祖父がやってることに、幼い彼女が興味を持ったんだなと伺える話だ。
「それで、由美子もやってみたの?」
「目の前で兄さんが出来て、市之助さんが褒めまくってるのを見て。なんだか悔しくなって⋯」
なんか、微笑ましい感じの話だな。
「兄に出来たんなら、私にも出来るって強く願ったけど無理でした」
「普通はそうだよね(笑」
「そうしたら市之助さんに言われたんです。まずは自分の体の中にある『魔素』の存在を信じなさいって」
おいおい、市之助さん。
幼い彼女に何を教えたんだ?
「それで、一所懸命に『体の中に魔素がある』って口にして信じてみたら出来たんです。褒められたい一心でやりました(✌️」
そこで✌️サインですか?
「その後に『魔力切れ』で寝込みましたけどね(笑」
おいおい、全然微笑ましくない話だぞ!
「よかったら、私がやってみましょうか?」
「ダメダメ。由美子が『魔力切れ』を起こしたら大変だから絶対にダメ!」
「センパイ、優しいんですね♥️」
彼女がいかにも感激したと言わんばかりの顔で俺を見てくる。
普段、褒められることの無い俺。
彼女の褒め言葉に照れてしまった。
彼女はそっと俺に手を重ねてきた。
その手を握り返そうとする俺。
そんな二人に声が掛かる。
「こんにちは~」