16-6 ドーナッツ
「あれが⋯『魔力』?」
俺は、進一さんの言葉に首を捻るばかりだ。
「わからないか?」
「⋯」
「じゃあ、さっきのを順番に細かく検証して行こう」
進一さんは、そう口にして、俺にさっきの彼女の様子を思い出させる。
「いいかい。最初に由美子は何をした?」
「彼女は⋯」
〉胸元の新しいペンダントに両手をやり、
〉目を瞑り乙女が祈るような仕草をする。
「進一さんから貰った新しいペンダントに手をやり⋯」
「そう。まずは『魔石』に含まれた『魔素』の存在に意識を集中したのさ」
なるほど、彼女の仕草や口にした言葉、これらにどんな意味があるかを考えて行くんだな。
「次に由美子は台詞を口にしたよね?」
「確かこんな台詞を⋯『新たなる魔石にて、古き魔石を輝かせん。』だったと思いますが?」
「ククク。由美子らしい台詞だよね(笑」
「あれにはどんな意味があるんですか?」
『魔力』が何かを知りたい俺は、進一さんの冗談交じりの言葉の先を急かした。
「あれはね、多分、首にぶら下げたペンダントの『魔素』を、二郎くんの手の中のペンダントに移動させて輝かせる、そんな意識を強めたんだろうね」
「胸元の『魔石』に触れて『魔素』を感じて、その『魔素』を古い魔石に移動する」
「そう、それを強く意識したんだよ」
「その後に深呼吸して⋯」
「由美子は気合いを入れて、強く念じた」
「それで『魔素』が移動するんですか?!」
「そう。意識して念じる=魔法だよね?酔い醒ましで二郎くんも経験しただろ?」
「え、ええ⋯それと『魔力』がどう関係するんですか?」
「意識して念じて、どうなった?」
「由美子の手が温かくなって、それが手の甲から掌に移動して行く感じで⋯」
「それでどうなった?」
そう言って進一さんは、僅かに光が宿ったペンダントを見せてきた。
「実際に『魔素』が移動した⋯」
「そう、実際に実現させた。その実現させる力が『魔力』なんだよ」
進一さんの説明に、何となくだが『魔力』が何かを理解できそうな気がしてきた。
自分が実行した酔い醒ましの『魔法』と絡めて、さっきの様子を心の中で反芻する。
「センパイ。ドーナッツ食べます?」
彼女の声と共に、目の前に菓子皿に入れられた小振りのドーナッツが出てきた。
「ありがとう」
そう言って進一さんはドーナッツに手を伸ばす。
「兄さん、次はセンパイにやって貰います?」
「そうだね。由美子は経験者だけど、二郎くんは初めてだろ。昨日のように外でやって貰おう」
俺に外でやって貰う?
何をどうやるか意味不明なんですけど?
もしかして、昨日と同じ事を俺がやるの?
◆
この緑の芝生は、誰が手入れしているのだろう。
剛志さんだろうか、それとも進一さんだろうか。やはり吉江さんだろうか。
隠岐の島は、対馬暖流の影響で過ごしやすい地と聞く。
それでも数ヶ月前は、この緑に染まる庭も雪に覆われていたであろう。
雪に覆われ固く凍えていたであろう庭は、今は柔らかな生命の息吹をたたえ、見事な新緑に覆われている。
庭の周囲の植木は芝に負けぬ青い葉を茂らせ、清潔で優しい風がその葉を揺らしている。
風の渡る空は、高く透き通るように青い。
そこに浮かぶわずかな雲は、輪郭をくっきりとさせている。
そんな春の陽気の中で、俺は既視感に身を委ねる。
目の前には⋯
空き缶の上に乗せられた炭。
進一さんは俺と彼女を庭に連れ出し、空き缶の上に昨日のBBQの残りの炭を一つ置いてこう言った。
「はい、二郎くん。これが『隠岐の魔石』だ。言わば『エルフの魔石』の原石だな」
進一さんはそう言って、俺に一つの魔石を渡してきた。
渡されたのは、昨日と同じ様な大きさの魔石だ。
『エルフの魔石』の原石。
『隠岐の魔石』と言うことは、市之助さんの記録に書いてあった、『隠岐の島の門』を使って作られた『魔石』だろう。
渡された魔石の中の光を見ようとすれば、ギラリと光る。
その眩しさに少し目を細めれば、中の光は治まる。
それでも魔石の中の様子を見ようとすると、再びギラリと眩しく光る。
まるで、『こちらを見るな』『中を見ようとするな』そう訴えてくる感じすらする。
今迄、見たことの無い魔石だ。
「何個か由美子に預けておくから、全て『勇者の魔石』にして構わないよ。遠慮なくやってくれ」
進一さん、それをプレッシャーと言います。
彼女は進一さんから、ピンクのバケツを受け取った。
久見海岸で、黒曜石拾いに使ったのと同じ様なピンクのバケツだ。
念のために、ピンクのバケツの中を見せて貰えば、進一さんの言葉を越えて10個以上の魔石が、ギラリギラリと光を放ちながら俺を睨んでくる。
「正徳さんが待ってるから。じゃあ、二郎くん、由美子、よろしく✌️」
「いってらっしゃぁ~い」
さすがは恭平君の父親だね。
同じ金髪イケメンだもんね。
彼女に送り出され、声を掛ける間もなく、進一さんは小走りに高級住宅の庭から出ていった。
俺の左手には⋯
進一さんから渡された魔石。
彼女の手元には⋯
魔石が10個以上入ったピンクのバケツ。
そして、空き缶の上に置かれた炭。
その炭を見つめて、俺は既視感に身を委ねるしかなかった。