16-5 彼女の温もり
「明らかに違いますね」
「魔素が抜けると、由美子が持ってきた方のように、黒曜石に戻るんだよ」
彼女が持ってきた方と、進一さんが持ってきた物では、ペンダントトップの輝きが明らかに違っていた。
「通常は、こうして内部からの光を失うだけなんだ。昨日⋯一昨日のは、二郎くんに吸い上げられて、耐えられなくて割れたんだろうね」
進一さんの言葉で、一昨日の割れた魔石、酔い醒ましに使った魔石が、手の中で粉々に砕け散ったのを思い出す。
「センパイ。もしかして魔石を割ったんですか?」
「由美子には話してなかったね。二郎くんに酔い醒ましに使ったら、見事に割ったんだよ」
「それだけ出来るなら、センパイなら簡単に出来そうです」
「由美子もそう思うだろ?」
「センパイ。やりましょう!着けてくれます?」
そう言って、彼女は俺に背を向けて来た。
これは、俺に新しいペンダントを着けろと言う意味だと察した。
留め金具部分は、よく見かける引き輪ではなく、マグネットタイプになっていた。
俺は留め金具部分を外して、彼女の首に手を回し、新たなペンダントを着けて上げた。
「はい。着けたよ」
俺の声に答えて、彼女が振り返る。
彼女の首元には、『エルフの魔石』が銀色に輝き、元から美しかった彼女のデコルテが更に美しくなった感じだ。
彼女は『エルフの魔石』が中央に来るように、両手を使って調整するように直している。
「二郎くんは『魔力』が何かが分からないんだよね?」
「ええ、市之助さんの記録を読んだんですが、この『自分の魔力で包む』が理解できないんです」
俺は自分のPadを差し出し、先程まで読んでいた市之助さんの記録を二人に見せる。
彼女は覗き込むようにして一読すると、進一さんと顔を見合わせ、二人で軽く頷いた。
「センパイ。両手を出してください」
彼女の指示に従い、両手を差し出す。
「ペンダントを両手ではさんで。そう手を合わせるように」
彼女はテーブルに置いた古いペンダントの黒曜石の部分を、確かめるように俺の手のひらの中央に置いてくる。
俺はそれを反対の手で挟むようにした。
「手の中の魔石に集中してください」
彼女は一旦、胸元の新しいペンダントに両手をやり、目を瞑り乙女が祈るような仕草をする。
「新たなる魔石にて、古き魔石を輝かせん」
その台詞を言い終えると、両手を合わせた俺の手を包むようにして深呼吸をする。
すう~ はぁ~ フンッ
俺の手を包む彼女の手に力が入る。
手の甲に、彼女の手の温もり以上の暖かさを感じたかと思うと、甲から掌に熱が移動するのが分かる。
その熱が魔石に届いたかと思うと、合わせた手の中で、一瞬、魔石が膨らんだように感じる。
温かさの移動、手の中に感じる熱、明らかに膨らんだと思える魔石。
それらの様子に驚き、思わず声を上げる。
「由美子、これ!」
「黙って!」
彼女の制する声に続いて、彼女が背筋を伸ばし深呼吸をしようとした時、進一さんが彼女の手を掴んだ、
「そこまで。由美子、そこまでだ」
「ふぅ~」
進一さんの行動で、彼女はようやく俺の手を解放してくれた。
俺は急ぎ、手の中の古いペンダントを観察する。
先程とは違い、僅かに内部に光を感じる。
「由美子お疲れ」
「久しぶりにやると疲れるぅ~」
進一さんが彼女を労いつつ、俺の見ているペンダントに手を伸ばす。
ペンダントを渡すと、俺と同じ様に進一さんも、じっくりとペンダントトップの魔石を見始めた。
只、俺と違うのは、進一さんはペンダントトップを見ながらも、自分の胸元に手を当てていることだ。
その仕草から、進一さんは魔石のペンダントを使って何かをしている気がする。
「センパイ。わかりました?」
「ああ、由美子の手が温かくなって、俺の手を通って、何かが魔石に向かって行くのがわかったよ」
「それだけですかぁ~」
「魔石が膨らんだ感じがした」
「もうっ!それだけしか感じなかったんですかぁ~」
「他に何かあるの?」
「私の愛は感じなかったんですか♥️」
「はいはい。スゴく感じました」
「なら、ごほうびください♪」
「頑張ったねぇ~ いいこ、いいこ」
そう言って、彼女の頭をナデナデする。
「ウホン」
進一さんの咳払いで、俺は彼女の頭のナデナデを止めた。
彼女は少しブーたれた顔をする。
「二人ともよいかな?」
「は、はい。大丈夫です」
「まず、由美子。『魔力切れ』にならないように回復しなさい」
「はぁ~い。何か食べていい?」
「はい。好きなものを食べなさい」
「確か、ドーナッツがあったなぁ~」
そう言って彼女は席を立ち、キッチンへと向かった。
「次は二郎くんだ。どうだった?」
「はい。さっきも言いましたが、由美子の手から温もりが魔石に伝わって行く感じで、それが魔石に届いたと思ったら⋯」
「それが、『魔力』だよ」
進一さんが、あっさりと『魔力』の言葉を口にした。