16-2 郊外型スーパー
納骨堂の前で合掌してから、枯葉などの目立つゴミを拾おうと見回すが、何も落ちていない。
吉江さんが花立にお花を入れ、供物台にお供え物を置き、水鉢に水を入れる。
京子さんがお線香を上げ、4人で合唱する。
"市之助さん。あなたの孫の由美子さんと一緒になります。"
"それと市之助さんの残してくれた記録を読みます。"
"桂子が言っていたとおりに、市之助さんの思いを理解できるように努めます。"
"あたたかく見守ってください。"
俺はこれから市之助さんが残したものから、幾多の事を学ぶだろう。
昨夜も考えたが、『何の為に』学ぶかは見えていない。
それでも俺が学ぼうとしている姿勢でいる今は、あたたかく見守って欲しいと願った。
5月の墓地に吹く風が、俺の頭を撫でるように吹く。
まるで、市之助さんに撫でられているようだ。
墓参りを済ませ、駐車場に4人で向かう際に、俺は吉江さんと京子さんに礼を述べる。
「京子さん、吉江さん。市之助さんの墓に参る許しを頂き、ありがとうございます」
「二郎さん、由美子と一緒になれば、あなたは私の義息子よ。遠慮しないで」
吉江さんの隣で京子さんも頷いている。
俺は彼女と一緒になり、二人の親族になるのを実感した。
◆
共同墓地の駐車場に戻り、皆で車に乗り込む。
彼女の案内で秦家に戻る最中に、吉江さんが思い出したように声を出した。
「そうだ、お母さん。買い物に付き合ってくれる?」
「私は大丈夫よ。二郎さんは?」
京子さん、俺のことは気にしないでください。
「気にしないでください。今日は運転手だと思って使って下さい」
「センパイ。荷物持ちもお願いしますね(笑」
運転手兼荷物持ちですね。お任せください。
彼女の言葉に吉江さんが諭すように問いかける。
「由美子は、いつになったら『二郎さん』と呼ぶのかな?」
「「……」」
吉江さん。俺では返事が出来ない言葉です。
彼女も黙っちゃったし…
続けて京子さんも問いかけてくる。
「由美子は二郎さんと所帯を持ったら、桂子さんと一緒に住むのかい?」
「「……」」
京子さん。俺だけでは返事が出来ない言葉です。
彼女も黙っちゃった…助手席でクネクネしないで!
「お母さん、二郎さんも由美子も仕事があるから、直ぐには決められないわよ」
吉江さん。おっしゃるとおりです。
「それにしても、まさか由美子が桂子さんの孫と一緒になるとは驚きね」
京子さん。俺も驚きです。
そんな会話の車中から道行く車を見れば、昨日同様に黄色ナンバーのレンタカーが目につく。
そして昨日同様にタクシーも目につく。
今日も隠岐の島は快晴だ。
低音を響かせて走る3台~4台のバイク集団を見掛け、ナンバープレートを見れば全てが『川崎』だった。
『川崎』と言うことは神奈川県だ。
関東地方から、ここまでツーリングに来たんだなと感心する。
バイクツーリングも、この天気ならば楽しそうだ。
更に楽しそうだと感じたのは、電動自転車を漕ぐ3名の女性たちだ。
5月の快晴は紫外線も強い。
彼女達は、日焼け対策をしているのだろうか。
そんな、要らぬ心配をしていると彼女が声を掛けてきた。
「二郎さん」
「えっ?」
急に、彼女から下の名前で呼ばれて戸惑う。
「そこの右側のスーパーに入ってください」
「ああ、そこだね」
彼女に指示された郊外型スーパーの駐車場に車を駐め、吉江さんと共に京子さんの降車に手を添える。
彼女も降りてきて、俺の腕に手を絡ませながらスーパーへ向かう途中で、彼女が嬉しそうな声で、再び俺の下の名を呼んできた。
「二郎さん♥️」
うん。美人で可愛い顔を俺に見せてくれるのは嬉しいが…
「由美子、ちょっと待って。急に『二郎』呼びは戸惑うよね?」
「はい!センパイ(♥️」
呼び名は戻ったけど、♥️マークは相変わらずですね。
◆
「二郎さん。今日のお昼はどうします?何か食べたいものあれば言ってね」
「いえ、特には…」
「桂子さんのところだと…」
「昼食は…お茶漬けですね(笑」
「ぷっ。桂子さん、まだお茶漬けなの?」
「えっ?桂子さん、まだお昼はお茶漬けなの?」
「ええ、淡路島に帰省して、毎日がお茶漬けです(笑」
吉江さんも京子さんも、『まだお茶漬けなの』と不穏な言葉を口にする。
「自分の記憶だと、実家での昼食はいつもお茶漬けですね(笑」
「驚いた。今でもお昼をお茶漬けで済ますなんて…」
「ちょっと聞いて良いですか?」
「ええ?」
「もしかして、京子さんや吉江さんが淡路島に来たときも、お昼ご飯は…」
「そう。「お茶漬けだったの」」
京子さんと吉江さんがハモるとは?!
バーチャん、何年、お茶漬けでお昼を済ませるんだよ。
まさか?朝御飯も?
「あの…変な質問ですが…朝御飯、その淡路島に来ていた時の朝御飯は…」
俺の質問に、吉江さんと京子さんが揃ってニヤリと微笑む。
すると彼女が割り込んできた。
「お祖母ちゃんとお母さんから聞いて、驚きました。これがセンパイの実家の味なんだなって」
彼女が生き揚々と語る。
「由美子が二郎さんの朝御飯を準備するって聞いて、淡路島での朝御飯を聞いたら…プププ」
吉江さん。思い出し笑いですか?
「だって~、私が淡路島に行ったときと変わらないんだもん。プププ」
「吉江、桂子さんの朝御飯の話かい?味噌汁と生卵と漬物だろ?」
はいはい。京子さん。
それが俺の実家、バーチャんが作る、いつもの朝食ですね。