16-1 スヤ
「何を悩んでるの?」
「意図がわからない…みたいですね」
あれ?若奥様?
メイドさんもいる。と、言うことは…
「ホッホッホ」
「…」
やっぱり、サンダースさんも居るんですね。
メガネ執事さんは黙ったままですか?
「あなたがきちんと伝えないから~」
「ホッホッホ」
「どうしますか?」
「私が伝えに行きましょうか?」
メガネ執事さん。立候補ですか?
「ホッホッホ」
「じゃあ、お願いしますね」
「私も同行しますか?」
「いや、使いとして私一人で行きましょう」
メイドさんは同行しないんですね。
「そうね。元々、これはあなたの役目ですからね」
「ホッホッホ」
「それでは行ってきます」
「お気をつけて」
あれ、これって夢だよな。
あの4人が話してるのは、俺の事だよな。
『意図がわからない』なんて、さっきまで俺が悩んでた事だよな?
「魔力切れもあったから、二郎さんはゆっくり寝てくださいね」
若奥様の声と共に、俺は再び深い睡眠に誘われた。
◆
「センパイ。起きてください」
由美子、今朝も綺麗だね。
「え、今、何時?」
「8時20分です」
しまった!
彼女の実家で、こんな時間まで寝てるなんて失礼すぎるだろ。
「これに着替えたら降りてきてください。もう、皆、朝御飯も済ませてますよ」
随分と寝坊してしまった。
一緒に寝たはずの彼女が起きたのにも気がつかず、かなり熟睡してしまったようだ。
トイレに行き顔を洗い歯を磨き、着替えを終えて階下に行く。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
ソファーでくつろぐ京子さんと吉江さんに挨拶する。
寝坊した俺の挨拶に、二人はにこやかな顔で返事を返してくれた。
ダイニングテーブルに着けば、昨日の朝と同じように、彼女が両手持ちのお盆でご飯や味噌汁を持ってくる。
彼女が準備してくれた朝食の味噌汁は、俺の好きな玉ねぎと卵の味噌汁だ。
そして白いご飯と生卵に漬け物。
まるで実家の朝食を再現したようだ。
彼女の笑顔を見ながらの朝食は、なんか嬉しい。
「剛志さんと進一さんは?」
「父は朝から仕事で、兄は正徳さんに呼ばれて出掛けました」
「里依紗さんと恭平君は?」
「里依紗先生が勉強を教えてます」
「由美子の今日の予定は?」
「センパイのお相手です(♥️」
う~ん。キュートな笑顔が可愛いよ。
そんな笑顔に癒されながら、俺は我儘を口にしてみた。
「なら、お願いがある」
「なんですか?」
「市之助さんのお墓参りに行けるかな?」
「う~ん。ちょっと聞いてきます」
そう言って彼女が中座し、リビングエリアの京子さんと吉江さんと会話して戻ってきた。
「祖母と母が一緒でも良いですか?」
「もちろんです。京子さんと吉江さんが良ければ一緒に行きましょう」
どうやら、市之助さんの墓参りを許してくれたようだ。
朝食を済ませ、2階の部屋からスマホを手にし階下に降りると、吉江さんが京子さんの手を取り、席を立とうとする所だった。
「京子さんと吉江さん、お手伝いさせてください」
「二郎さん、ありがとう。玄関まで母さんを支えてくれる?」
「はい。京子さん、お手伝いします」
「あら、二郎さん。ありがとう」
京子さんは、にこやかな笑顔を見せてくれた。
どこか彼女に似ている笑顔に、ドキリとする。
俺が支える京子さんの足取りは、危ない感じはしない。
昨日も京子さんを見ていて思ったが、一人で歩くには大丈夫そうな感じだ。
それでも京子さんが移動する際には、常に吉江さんか里依紗さんが付き添っていた。
この年齢の方は、小さな段差でもつまずくと危険だと聞く。
転んで捻挫や骨折などしたら、それでこそ寝たきりに至る可能性もある。
京子さんの手を取りながら玄関ホールまで行くと、吉江さんが車の鍵を俺に私ながら言ってきた。
「二郎さん。すいませんけど車を回してくれます?アルファードでお願い」
俺は玄関から小走りに車庫へ行く。
渡された鍵を見れば、スマートエントリーだった。
試しに使ってみれば、例のキュンキュンの音がアルファードからしてくる。
アルファードの運転席に乗り込んで、この車のグレードが、かなり上位クラスだとわかる。
彼女も加わり、親子孫の3世代が待つ玄関アプローチに車を寄せる。
吉江さんと彼女が手伝い、京子さんの後部座席への乗車を助ける。
吉江さんはそのまま後部座席に乗り込み、手伝いを終えた彼女が助手席に入ってきた。
「シートベルトは大丈夫ですか?」
俺が皆に声をかけると吉江さんが答える
「はい、大丈夫です。それじゃあ由美子、最初に花屋に案内して」
「センパイ、安全運転でお願いします」
彼女の道案内で花屋へと向かう。
もちろん安全運転でだ。
◆
彼女の案内で花屋に寄り仏花を購入したら、再び彼女の案内で隠岐の島の共同墓地へと向かう。
共同墓地の駐車場に車を駐め、彼女の案内で共同墓地の中を4人で進む。
共同墓地の所々には、小さな祠が見受けられる。
「あの小さな祠みたいなのは?」
「『スヤ』と呼ばれるものです。墓石を立てる迄は、スヤを建てて故人を祀るんです」
彼女に聞くと丁寧に教えてくれた。
なるほど、土地によりそうした風習があるんだなと考えながら、『スヤ』の造りを観察させていただく。
見るからに神様を祀ような祠の造りになっている。
「ここがそうです」
彼女の言葉の先を見れば、そこには見掛けない型の墓があった。
墓の周囲は石で造られた柵のような物で囲われており、墓の敷地の中央には、身の丈はある石造りの納骨堂が備えられている。
納骨堂の入口は両脇に柱を配置し庇のような屋根を備え、中央には石で作られた扉が備えられている。
これで納骨堂に続く参道に鳥居があれば、神社のミニチュアにも見えてしまいそうな造りをしている。
墓の敷地の中には、膝の高さぐらいの植木が、1、2、3…全部で7本植えられていた。
敷地内には雑草もなく、目立つゴミもなく綺麗に整備されている。
日本的な墓石ではない。
淡路島の零士お爺ちゃんや、一郎父さんと礼子母さんが眠る、日本的な墓を考えていたので少し面食らってしまった。
よくよく周囲を見ると、同じ様な造形の墓は見当たらない。
むしろ周囲の墓に雑草が多く、秦家の墓の綺麗に整備された様子と比較してしまう。
俺は秦家の墓が綺麗に整備されている様子から、思わず口にしてしまった。
「普段から綺麗にしてるんですね」
「剛志さん、賢次さん、正徳さん、そして進一の4人が交代で月に一度は掃除してるんです」
墓に上がろうとする京子さんの手をとりながら、吉江さんが答えてくれた。