15-23 酒宴の始まり
恭平君は、頭も体も全身泡まみれだ。
「恭平、泡を流すぞ~」
恭平君に目をつぶらせて、剛志さんがシャワーで泡を洗い流す。
そう言えば、俺も零士お爺ちゃんと風呂に入った時には、同じことをされたのを思い出した。
剛志さんがのぼせそうだと言っていたが、俺もそろそろ危ないかもしれない。
「すいません。先に上がります」
親子に孫、揃って風呂に入れるなんて少し羨ましく感じた。
家族と言うのは、親子と言うのは、こうした姿が本来なのかも知れない。
どんなに願っても、今の俺には望めないものだ。
脱衣所には、俺のスウェットが準備されていた。
このスウェットは、緊急会議の前には寝泊まりしている部屋にあったはずだ。
それに、俺の着ていた衣服も見当たらない。
彼女が準備してくれたんだ。
俺の身の回りを、全てやってくれているのだ。
あまりにも完璧に俺の世話をこなす彼女に、頭が下がる思いだ。
先ほどの話、賢次さんの『炙り出す』を思い出しスマホは何処だろうと考える。
多分、俺の着ていたものと一緒に、寝泊まりしている部屋に彼女が運んでいるのだろう。
スマホを求めて2階の部屋に行く。
部屋の机には、充電器に繋がれたスマホが置かれていた。
スマホへの着信は0件だった。
スマホを手に取り、伊勢に行くことを眼鏡に伝えるべきかをしばし迷う。
ガチャり
彼女がPadを持って入ってきた。
「センパイ、忘れ物です。それと昨日の洗濯物です」
「なんか悪いね。ありがとう」
「それだけですか?」
「えっ?」
「ご褒美は無しですか?」
「…」
俺は感謝の気持ちを込めて、彼女の腰に手を回し抱き締めていた。
♥️
彼女と共に階下に降り、リビングダイニングに向かうと、吉江さんがソファーテーブルに酒宴の準備をしていた。
「二郎さんはこっちの席でね。剛志さんは直ぐに来るから」
吉江さんの言葉に頷いていると、風呂場の方から恭平君がダッシュでやって来た。
すかさず彼女が恭平君をキャッチすると、ダイニングテーブルに二人で向かった。
恭平君を追いかけるように里依紗さんもやって来て、ダイニングに向かった。
昨夜のように席を別けている様子から、今日も飲まされるのだろうと少し覚悟を決める。
吉江さんのすすめに従ってソファーに座ると、直ぐに剛志さんが両手に4合瓶を持ってやって来た。
「二郎君、お待たせ。直ぐに進一も来そうだな」
「剛志さんは、何から始めます」
「進一は、いつもビールだが…来たな」
「お待たせ。まずはビールで良いね」
そう言いながら金髪イケメンが、爽やかな顔付きでやって来るなり、吉江さんの準備したグラスにビールを注いでくる。
「「『勇者の魔石』に」」「乾杯」
剛志さん進一さん。
乾杯の合図に『勇者の魔石』は勘弁してください。
「二郎くんは明後日出発だよな?『勇者の魔石』をそれまで借りたいんだ」
乾杯早々に進一さんが切り出してきた。
「ええ、好きに使ってください。但し、子孫繁栄に使うのは勘弁してください(笑」
「ハッハッハ。二郎君は、そんなに嫌なのか?」
「ええ、自分から出た『魔素』が充填されたのを使って…その…子孫繁栄をするなんて、背中が痒くなってきます」
「ククク」「ハッハッハ」「ハハハ」
3人で笑ったら、今度は剛志さんだ。
「二郎君が抱いてる疑問は消えてきたかな?」
「『継ぐ』為に何が必要かはわかりました。ここから先は自分で学ぶしかないですね」
「ククク。二郎くんは『継ぐ』決断は迫られていないんだから、時間を掛けても良いと思うよ」
二人の投げ掛けに、俺は宣言する。
「後はPadで『自分で』学べると思っています」
俺の言葉に二人は頷くと、バーチャんに弟子入りした頃の経験を語り始めた。
「僕の場合は、最初の週は大量の紙を桂子さんに渡されて、慣れないパソコンに向かって入力させられたよ」
「ワシも似たようなもんだった。朝起きるとバインダーを持って来て『読んどけ』で終わり。そのやり方が市之助さんとそっくりなんだよ」
お二人とも、大変だったんですね。
「二郎くん、わからない事が出てきたら記録してみてよ。優しい『センパイ』が教えるから(笑」
「ワシも優しい『センパイ』だぞ(笑」
二人とも確かに『センパイ』です。
けれども妙に『センパイ』の言葉に力を感じます。
「剛志さんや進一さんのように、他の門の当代に弟子入りするのは、当たり前なんですか?」
「ワシの場合は、市之助さんから言われたのもあるから、当たり前だと思っていたんだ」
剛志さんの立場なら、そうかもしれないと納得できる。
「二郎くんは、僧侶や神主が、他の神社や寺で修行するとか、そんな話を聞かないかい?」
「寺なんかだと、本山に修行に行くとか聞きますね」
進一さんの言葉も理解できる。
「そういえば、吉江から聞いたが、二郎君はお伊勢様に行くんだろ?」
剛志さんから、伊勢神宮へ詣でる話をされた。
俺は、その話で『伊勢の門』の当代はどんな人だろうかと思いを馳せた。
「そういえば『伊勢の門』に当代は居るんですか? あっと。自分で学ぶと言ったばかりなのに…」
「「……」」
あれ、変な質問だったかな?
「ククククククククク」
「ハッハッハハッハッハ!」
突然、進一さんと剛志さんの笑い声が大きくなった。
「こりゃ傑作だ。ハッハッハ」
「ククク。二郎くん、ナイスなジョークだ!」
なんだ、俺は変な質問をしたのか?
「二郎君はお伊勢様に行くんだろ?」
「えぇ、行くつもりですが?」
「ククク。なら『勇者の魔石』を持って行くと良いよ」
「進一。二郎君がそんな物をお伊勢様に持ち込んだら大騒ぎだろ。ハッハッハ」
「ククク。面白いと思うよ。連中の慌てる顔が見てみたいよ」
「ハッハッハハッハッハ!」
「ククククククククク」
「…」
剛志さんと進一さんは、笑いが押さえられない感じだ。
俺は何が面白いのか、まったくわからない。
そんな感じで、三人での酒宴が始まった。