15-16 火消し壺
コンロの炭を全て火消し壺に入れ、温度の下がったコンロを片付けたところで、恭平君とお友達がやってきた。
皆でアイスを食べ終わり、大人のやってることに興味を持ったのだろう。
俺は子供達に、火消し壺は熱くて火傷するかもしれないから、近付かないように説明した。
「わかった みんな これに さわらない」
「うん さわらない」
「さわらない」
よし!
子供達全員に、火消し壺に触らないように約束を取り付けた。
子供達の興味を、少しでも火消し壺から遠ざけたく思い、この後の予定を聞いてみる。
「恭平君は、まだお友達と遊ぶよね?」
「おうちで おねえちゃんに ほんをよんでもらう(✌️」
「おねえちゃんに ほんをよんでもらう」
「ほんをよんでもらう」
この後の予定を恭平君に聞くと、✌️サイン付きで元気に答えてくれた。
家の中で本を読むなら、火消し壺には近寄らないだろう。
子供達が興味を持って近寄るのが一番怖いので、子供達の安全を第一に考え念のために里依紗さんにも伝えておく。
「里依紗さん。ちょっと良いですか?」
子供達を見張りながら、里依紗さんに声を掛けると彼女と共にやってきた。
「この火消し壺まだ熱いから、恭平君とお友達を近寄らせないで。火傷するかもしれないから」
「それなら進一さんにも、お願いしときます」
「そうね、お兄さんにお願いしましょう」
里依紗さんと彼女が、進一さんに頼むと言う。
俺は子供達と火消し壺への見張りが増えるなら、それで良いだろうと考えていると、里依紗さんが通話を終えた進一さんを連れてきた。
一方の彼女は、子供達と里依紗さんのママ友さんを連れ立って、屋内へと入るために玄関へと向かって行く。
これでひとまず安心だなと思い、進一さんと里依紗さんを見ると、何やら話して頷き合っている。
里依紗さんから進一さんに話してくれたんだなと思っていると、進一さんがコンロの炭に火を着けた時のような姿勢をした。
左手を胸に当て、右手を開いて突き出す姿勢だ。
その開いて突きだした右手は、さっきは炭を入れたコンロだったが、今度は火消し壺だ。
おいおい、まさか!
また魔法で何かをするのかと進一さんをよく見ると、進一さんの後ろに里依紗さんが同じ様な姿勢で、進一さんの肩に右手を置いているのが見えた。
フンッ
シュー
進一さんの掛け声と共に、空気が抜けるような音がする。
音の源を探すように見れば、進一さんが差し出した右手の先にある火消し壺からだ。
進一さんと里依紗さんが体制を解き、進一さんが火消し壺の蓋を開けて確認している。
「消えてる?」
「うん。大丈夫だ。里依紗、ありがとう」
ちょっと待て。
お前ら何をしたんだと思い二人に声を掛ける。
「進一さんと里依紗さん!今のは何を!」
「ククク」「フフフ」
お二人さん。笑い声が意味深です。
「二郎くん、由美子に聞いてごらん」
「そうね。由美子さんなら二郎さんと一緒に出来る筈だから」
そう言って二人は屋内に入るため、玄関へと向かって行った。
俺は進一さんと同じ様に、火消し壺を覗き込む。
火消し壺の口に手を翳すが、何も熱気を感じない。
これは、中に入れた炭の全ての火が消えているのだ。
その様子に驚いていると、通話を終えた剛志さんから声を掛けられた。
「二郎君。賢次と正徳が戻ってくる。緊急会議をするから君も参加してくれ」
「???」
剛志さん、何を言ってるの?
「ああ、そうか。残りのイスとテーブルを片付けるのが先だな。吉江にどやされる」
「…」
訳のわからない俺は、思考が止まってしまった。
「ほら、二郎君。片付けるぞ」
「…」
「二郎君!」
「は、はい」
剛志さんに肩を叩かれ、名前を呼ばれ、俺は慌ててイスとテーブルを片付け始めた。
◆
片付けの終わった高級住宅の庭を見回す。
どこにも忘れ物が無いこと、俺が足を踏み入れた時と違いがないこと、これらを確認する。
違いは里依紗さんのママ友の軽自動車が、車庫前に2台駐まっているぐらい。
これで大丈夫だろうと、同じ様に庭を見回す剛志さんに声を掛ける。
「剛志さん、片付けはこれで良いですか?」
「ああ、大丈夫だろう。じゃあ家に入ろう」
剛志さんに続いて、再び高級住宅の玄関へ向かうと、剛志さんが全身を手ではたいている。
俺もそれを見習い全身をはたく。
全身をはたき終えて、剛志さんと共に玄関に入り、靴を脱ぐと剛志さんから話し掛けられた。
「二郎君。あんな娘だが頼むぞ」
「えっ、ええ。大切にします」
そこで剛志さんから、満面の笑みを見せられた。
───
※火消し壺
火消し壺とは、使用後の炭を素早く消火できる品です。
フタで密閉し、酸素の供給を止めることで簡単に消火が可能です。
次回にも炭を使うのに役立ちます。
バーベキューや焚き火などが終わって炭を使わなくなっても、火が完全に消えるまでには時間がかかります。
また、消えたように見えても火が残っている場合があるので、放置したりゴミ袋に入れたりするのは危険です。
安全に炭を処理するためにも、火消し壺を使用しましょう。