15-14 咳払い
彼女が焼いてくれた串肉と焼魚は、尚更に旨かった。
彼女は俺の隣にイスを持ってきて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
俺が飲むビールジョッキのビールが無くなれば、いそいそとジョッキをビールで満たしてくれる。
先程は串ごと食べさせられたが、今度は丁寧に串から肉をはずして、ナイフとフォークで食べやすそうな大きさに切り分けてくれる。
焼魚に至っては、丁寧に骨まで外してくれる。
何とも嬉しい気分だが、目の前には彼女の父親と兄がいるのだ。
別の意味で針の筵に座らされている気分でもある。
ビールジョッキを満たし、肉を切り分け、魚の骨を取り終えたところで、彼女の暴走が始まった。
「センパイ。食べさせて上げますね(♥️」
そう言って、彼女は切り分けた肉をフォークに差して、俺の口許に運んできた。
「あ~んして(♥️」
「ウホン」
剛志さんの見事な咳払いで、彼女の動きが止まった。
俺はすかさず動きを止めた彼女にお礼を述べた。
「由美子、ありがとう」
俺の言葉に反応して、彼女がクネクネし始めた。
「ウホン。由美子、男同士の話だ。席を外してくれ」
「ククク」
剛志さんの咳払いで、彼女のクネクネが止まった。
進一さん、そこで笑うんですか?
◆
「まったく、あんな由美子は初めて見たよ」
「ククク」「ハハハ」
剛志さんの言葉に、俺は乾いた笑いしか出せなかった。
「さて、二郎くんは話の続きが聞けるかな?」
「はい。その前に確認させてください」
進一さんが話を続けようとしたので、俺は自分の考えを確認する質問をした。
「自分が握っていた魔石は『米軍の門』の記録に出てくる『鮮やかな色に』と同じ状態になったと理解して正しいですか?」
「正しいよ」
「進一さんは『充填』の言葉を使いました」
「うん。『充填』を使ったね」
「俺が何かを、魔石に注いだと言うことですか?」
「魔素だよ」
「Maso?」
それから進一さんと剛志さんは、『魔石』『魔法』そして今出てきた『魔素』について詳しく話をしてくれた。
進一さんは、俺を連れていった久見海岸で、黒曜石を採ってくる。
それを工房で丸く磨き上げて貰う。
磨き上げた黒曜石を『隠岐の島の門』を開き魔石に変換する。
魔石とは魔素が充填された石の総称だと言う。
この段階では魔石にバラツキがあり、それを進一さんが魔素を少し充填して整える。
進一さんが充填することで、魔石は銀色の光を持つようになる。
魔石は持つ人が願うことで、魔石内部の魔素が使われ魔法が発動する。
魔法が発動すると、魔石内部の魔素が消費されて行く。
結果的に、魔石は内部の魔素が減ると光を失う。
魔石内部の全ての魔素が尽きると、魔石は脆くなり壊れる。
魔石に魔素を充填すると、その人の持っている魔素の色が付く。
進一さんが充填した魔石には、何故か全て内部に銀色の光を持つと言う。
通常の人間は、魔素が充填できない。
進一さんの知る限り、秦家で魔素の充填が出来たのは市之助さんと進一さん、そして由美子の3人だけ。
吉江さん、保江さん、美江さんは充填が出来なかった。
どうも魔石への充填と言う行為と、相性が悪いらしい。
由美子は幼少時に市之助さんに誘われ、進一さんと共に充填の実験をして、少しだけ出来ることがわかった。
だが、その際に由美子は『魔力切れ』を起こしたらしく、体調を崩したと言う。
◆
「どうだ、二郎君。進一の説明で理解できたかい?」
「進一さんが口にした『魔素』については理解できました。『魔法』の源であることも理解できました。『魔石』も理解できました」
剛志さんの問いかけに、理解出来たと素直に答えはしたが、疑問は残っている。
「ククク。二郎くんは理解したけど疑問がある顔をしてるよ?」
「なんだ、二郎君は疑問があるのか?」
「…言葉です」
「「言葉?」」
「『魔力切れ』この言葉に含まれている『魔力』が繋がらないんです」
「「…」」
「すいません。変な質問で…」
俺の質問で、剛志さんと進一さんは腕組みをして考え始めた。
暫くしても、剛志さんも進一さんも再始動せず、腕を組んだままで動かない。
きっと思考を深めているのだろう。
「これ、先に食べちゃいますね」
二人に声を掛けたが返事がない。
俺は皿に残った、彼女の愛情で焼き上げた肉と、彼女の愛で骨が取り去られた焼魚、これらを全て平らげた。
食事を終えたことで、空腹感が満たされると、先程まで少しだけ残っていた疲労感も消えてきた気がする。
余裕の出てきた俺は、剛志さんと進一さんを真似て思考を深める。
目の前にある空の皿。
全てを食べ終えて空になった皿を見て、これが『魔力切れ』な状態と想定する。
先程、俺を襲った多大な疲労感が、俺の体内の『魔素』が『魔石』へ移動したが為に起こったと考える。
続いて、俺が食べる前まで皿の上に残っていた、肉や魚を『魔素』だと想定する。
『魔素』を源に、人の意思に従って『魔法』が発動するとなれば、皿の上に残っていた肉や魚を食べる行為は『魔法』の発動に類似した行為となる。
改めて目の前の空の皿を見る。
この空の皿は『魔素』が無くなった皿だ。
空の皿=魔素が無い=魔素無し
ここまで考えて気がついた。
『魔力』に思考が行き着かないことに気がついた。
「二郎さん、二人は飲みすぎて寝てるの?」
後ろから吉江さんに声を掛けられた。