15-5 伊勢命神社
「この先に大きな神社、『水若酢神社』があるんだが。毎年、5月3日がお祭りなんだよ。二郎くんは興味があるかい?」
進一さんから神社への興味を問われたが、残念ながら俺は格段に神社仏閣に興味があるわけではない。
「二郎くんの好きな古墳が、水若酢神社にもあるよ(笑」
「いえ、特に古墳が好きなわけじゃないです。門があるなら興味はありますけど(笑」
こうして進一さんと冗談が交わせるのは助かる。
説教気味な状況から、進一さんの苦悩に及んで、『継ぐ』話に至っては現実性に乏しく、目まぐるしい状況の変化だった。
そもそも『門』に関わる話になると、現実から大きく離れ、それでこそ昨夜の魔石を使った魔法なんてファンタジーな状況に至ってしまう。
渋滞の車中でそんなことを考えながらも周囲を見渡してみる。
都内で言う『渋滞』な感じではない。
全体の速度が遅くなる程度だ。
完全に停まってしまわない程度で車は進む。
速度の落ちた車の脇を、時折、数台の電動自転車が通過して行く。
その電動自転車を漕いでいるのは、どちらかと言えば若い女性が多い気がする。
一方、渋滞している車はタクシーが多く、タクシー以外の数台の乗用車を見れば『れ』ナンバーで黄色だ。
『れ』で黄色と言うことは、軽のレンタカーなんだと気が付いた。
「電動自転車が多いですね」
「ああ、観光客の電動レンタバイクだよ。ここまで自転車で来るのは、頑張り屋さんだな」
「何処から来てるんですか?」
「西郷港からだろうね。自転車だと1時間ぐらいだね」
「自転車で1時間ですか?観光客には辛いかもですね(笑」
「あの娘たちならレンタカーもありだと思うんだけど…」
そう言う進一さんの視線の先を見れば、春物を身に纏って電動自転車に跨がる女子大生らしき3人組が見える。
「レンタカーだと幾らぐらいですか?」
「軽のワゴンで1日5000円ぐらいかな?3人で割り勘にすれば1700円?」
「タクシーより安そうですね」
「やっぱり、電動レンタバイクとレンタカーの組み合わせを父さんに打診しよう」
「剛志さんに?そう言えば剛志さんはタクシー会社のお偉いさんですよね?」
「タクシー会社だしレンタカーもやってる。電動レンタバイクも考えてるらしいけど、どれも微妙に競合するだろ?」
「なるほど、競合しそうですね」
「島での交通費を押さえれば、各拠点を巡りやすくなると思うんだよねぇ~」
そんな隠岐の島事情を進一さんと会話していると、車列が動き始め渋滞から解放された。
渋滞を抜け、再びトンネルも抜けると、左折3km久見の看板が見えた。
〉最終的な行き先は久見海岸
進一さんが告げていた目的地だろう。
案の定、車は左折して進んで行く。
すると道路際に石造りの鳥居が見えた。
『伊勢※神社』
通り行く看板に『伊勢』と『神社』の文字が見えた。
隠岐の島に伊勢神宮?
そう思っていると、進一さんが俺の心を見透かしたように言葉を掛けてきた。
「伊勢神宮とは違うよ。あれは『伊勢命神社』でお伊勢様とは直接の関係は無いよ」
「確かに『神社』で『神宮』じゃないですね」
「二郎くんは『神宮』と『神社』の違いがわかるかい?」
「あれ?何だろう?一緒じゃないんですか?」
「僕も同じだと思うんだけど、当人たちは違うと言うね(笑」
「ハハハ 何かの派閥ですかね?」
そんな話をしていると車は脇道へと入って行き、暫くして農家のような建物の前で停まった。
◆
「おはようございます」
「おお、秦さんか。今日は早いね」
建物の中に入り、進一さんが職人らしき男性に声をかけた。
機械の動く音に混ざっての会話なので、細かい話は聞こえ難い。
屋内には展示ブースらしきものがあり、磨き上げられた黒い石が並んでいる。
どの黒い石にも白く、いや七色に輝く柄や文字が入っている。
なるほど、これは貝細工、いや螺鈿細工と呼ばれるものだろう。
黒い石は黒曜石で、七色に輝く部分は貝の真珠層が嵌め込まれていると思われる。
ここは、黒曜石を加工する工房なのだろう。
「二郎くん、これを見てくれ」
進一さんに呼ばれて作業台の側に行くと、ザルに入れられた少しくすんだ石を見せられた。
「こんな感じなのを覚えておいて欲しいんだ。それを加工するとこうなる」
そう言われて次に見せられたのが、別のザルに入った丸く輝く黒い石だった。
なるほど。先に見せられたのが原石で、加工されたのが丸く輝いたものなのだろう。
「じゃあ、後で出来た分だけ引き取りに来ます」
「おう、気をつけてな」
職人さんに見送られ、再び車に乗り込む。
川沿いの道を進むと、多数の漁船が見えてきた。
ここは既に漁港なのだろう。
『ローソク島展望台』
そう書かれている看板が見える頃、俺の耳には波の音が聞こえるだけなのに気が付いた。