15-4 守人
バーチャんとの電話の後、『勘違いしていた許してくれ』との言葉で、進一さんは話を始めた。
進一さんとしては、俺が『淡路陵の門』を『継ぐ覚悟をして』『由美子との結婚話』の挨拶に来たと思い込んでいたそうだ。
進一さんが勘違いしていたがために、『試練』と言う言葉で『継ぐ為の必須事項』を確認していたそうだ。
そして進一さんが言った、『継ぐための必須事項』を聞いて、俺は驚きが隠せなかった。
門を『継ぐ』者は
・門から出てきた者の血筋を持つこと
・門に関わる全てを学ぶこと
・継ぐ覚悟をしていること
・自ら継ぐと宣言し意思を示すこと
これらを達成して『継ぐ』資格を得ると言うのだ。
俺は『全てを学ぶ』なんてしていないし、『継ぐ覚悟』も『宣言』もしていない。
唯一達成しているのは『血筋』だけだろうが、これも自分から望んだことではない。
そして進一さんは、俺を悩ませる言葉を続けた。
『継ぐ』者は、
・門から出てきた者の血筋を引く男で
・婚姻相手を連れて
・伊勢神宮に行き
・継げるか否かの判定を貰う
と言うのだ。
なるほど、門に関わる者が伊勢神宮=お伊勢様へ行く背景が理解できてきた。
彼女の母親が『早くお伊勢様に行け』は、こうした背景が含まれているのだろう。
そして最後に聞きなれぬ言葉を進一さんは告げた。
『守人』
門に関わりし人々を『守人』と呼ぶそうだ。
現時点で守人の筆頭と言うか、代表者になる『継いだ』者が『当代』と呼ばれるそうだ。
◆
「意味不明ですね。俺には理解出来ない話ですね」
「ククク。二郎くんにしてみればそうだろうね」
「進一さんは、この全てを達成したんですか?」
「最終的に、里依紗を連れてお伊勢様に行って判定を貰って達成したよ」
「じゃあ、それまでは当代じゃないんですか?」
「いや、僕の場合は18歳で自分から『当代』を宣言して、お伊勢様に認めさせた」
「里依紗さんと結婚する前ですよね。未婚でも、その、お伊勢様は認めるんですか?」
「僕の場合は、先代の市之助さんが亡くなっただろ。だから18で当代を宣言した時に、結婚していないことから、お伊勢様の中でも揉めたらしいが、結果的に認めたよ」
「じゃあ、里依紗さんと伊勢神宮に行ったのは?」
「ククク。『里依紗と結婚する。これで文句はないな!』そう啖呵を切りに行ったんだよ」
この話をしている時の進一さんは、愉快そうだった。
特に伊勢神宮に行って、啖呵を切った付近は嬉しそうだった。
「進一さん。教えてくれて、ありがとうございます」
「いやぁ、これは桂子さんへのお礼も兼ねてるよ」
「バーチャんへのお礼?どう言うことですか?」
「僕は、桂子さんに弟子入りしてるんだ」
「弟子入り?」
「父も弟子入りしてるよ」
「えっ?剛志さんも?」
「やっぱり二郎くんは、それすらも知らないんだね」
「全く知りません」
「ククク。詳しく知りたいかい?」
「… いや、待ってください」
「何だい?」
「長くなりそうですか?」
「ククク。長くなるね(笑」
「それなら先に用事を済ませませんか?」
「おお、そうだな。よし、行こう!」
そう言って進一さんはエンジンに火を入れ、再び運転に戻ってくれた。
◆
「弟子入りの話は、剛志さんも含めて聞いた方が良いですね」
「そうだね。二郎くんは何も知らないんだから、父もいた方が良いね」
進一さんが話そうとした『長くなる』話よりは、俺は別の話を聞きたかった。
進一さんが勘違いしていた頃の言動を根に持つわけではないが、俺としては先に聞きたいことがあった。
『門に関わる全て』と『試練』
この言葉の意味だ。
「進一さん、『門に関わる全て』って具体的に何ですか?」
「う~ん。最低限で言えば、守人…いや先代で良いかな、先代が書いた記録を全て読んで、『門』とは何かを知ることだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それを言ったら、進一さんは市之助さんの書いた記録…これって日記ですよね?を全部読んだんですか?」
「父も読んだし、僕も読んだよ」
「まじで?」
「うん。全部読んだ。市之助さんが亡くなってから、中学と高校は勉強そっちのけで読み続けたよ」
「凄い量だったんじゃ…」
「日本語で書かれてる分だけね(笑」
「日本語だけ?市之助さんは英語で書いたとか?」
「いや、英語だけじゃないね。市之助さんが書いた古い記録は、エルフ語で書いてるんだよ」
「エルフ語?」
「ククク。二郎くんのところは、零士さんと桂子さんの王国語、そうだ一郎さんの書いた王国語もある。それに礼子さんの英語もあるから大変だろ?」
「英語は翻訳された分を読めるけど、王国語は知らない言葉だから…」
「僕も英語やエルフ語は知らないよ。だから日本語に翻訳された分だけだね」
一時、気が遠くなりそうだっだが、この機会を逃さないために質問を続ける。
「それと『試練』って何ですか?」
「正にさっきの記録だよ」
「記録?」
「そう各門について先代が記録する。門に関わることを記録する。それを全て読んでるか否かが最初の試練だよ」
「最初の試練?」
「さっきも言ったけど、記録は大量だよね。全てを読んでいれば自分が関わっている門について、他者には質問しないだろ?」
「それって、学んでいるか否かって事ですか?」
「そうだね。自分が関わっている門については自分で記録を読んで学ぶから、他者に聞くのは変なことになる」
「じゃあ自分の門について、他者に質問するのは…」
「私は『門に関わる全てを学んでいません。』って公言するのと同じだよ」
「試練ってそれだけですか?昨日はやたらと理由を求めてましたけど…」
「ああ、あれね。門を継ぐ者、当代になろうとする者に、『継ぐ覚悟』と学びを呼び戻す訓練だよ」
「『継ぐ覚悟』を呼び戻す?」
「『門の全てを』学びました。『継ぐ覚悟』をしました。そこで立ち戻りなさい。継ぐ覚悟をした理由は?」
「??」
「『継ぐ』と言うことは、常にそうしたことを意識させられるんだよ。その為に常日頃から、他者が納得出来る理由を述べれるかを試すんだよ」
そうしたことを話していると、車はトンネルに入った。
トンネルを抜けると両脇が山な感じで、もう一つトンネルを抜けると田園風景に戻る。
バーチャんに電話した時に車は停めたが、それ以外では停まらずに走ってきた。
信号に掛かることもなく、ここまで順調に来たのだが、少し渋滞した感じだ。
「しまった。二郎くん、今日は5月3日か!」
「急にどうしたんですか?」