15-3 他の門
「二郎くん。左側を見れるかい?」
今の今まで厳しい言葉を口にしていた進一さんから、左側を見ろと言われた。
言われたとおりに左側をみれば、見た事のある『文字』が掲げられた工場が見える。
『隠岐譽』
「この工場って、昨日の晩に飲んだお酒の工場ですか?」
「そう、『隠岐譽』の工場だよ」
昨夜、剛志さんが持ってきた隠岐の島の酒、『隠岐譽』と『海草焼酎』の製造工場だと言う。
『海草焼酎はどうやって作ってるんだろう?』
好奇心からそう思った。
俺は酒は飲むが、どうやって作っているかを詳しくは知らない。
詳しい作り方を知らなくても酒は飲める。
あの剛志さんの持ってきた『海草焼酎』は、美味しかった。
バーチャんに飲ませたいと思った。
バーチャんと一緒に飲みたいと思った。
「海草焼酎の作り方が気になるだろ?」
「ええ、バーチャんに飲ませたいと思いましたね」
「ちょっと寄ってみるかい?」
「えっ、進一さん、予定があるんじゃ?」
「じゃあ、時間のある時に検索してみると良いかもな」
「進一さんは、海草焼酎の作り方を知ってるんですか?」
「知ってるけど教えない(笑」
「もしかして、また『試練』ですか?」
「二郎くんが自分で調べればわかるし、確認したいならホームページから工場見学を申し込めば良いからね」
「まあ、確かにそうですね」
「それに、僕から喋ったら、僕が『蘊蓄親父』になっちゃうだろ(笑」
「既に『説教兄貴』ですけど(笑」
少しだけ切り返してみた。
昨日の夜から押され気味だったが、そろそろ押し返してみよう。
「ククク。言うねぇ~」
「ええ、そろそろ反抗期です(笑」
「ククク。その年齢で?」
「ハハハ」
少しだけ、話せる雰囲気になったので、今回の俺の主目的をぶつけてみた。
「進一さんは、俺に『継ぐ』とは何かを教える気がありますか?」
「その問いに答える前に聞きたいんだ、二郎くんは『継ぐ』事が目的で僕に会いに来たの?」
「いえ、違いますよ。『継ぐ』の意味がわからないから、教えて貰いに来たんです」
「えっ!由美子との結婚の挨拶じゃないの?!」
お前、真面目に答えてないだろ。
イラッとして来た。
「進一さん、改めて聞きます」
「ゴメンゴメン。二郎くんが知りたいのは『継ぐ』の意味だよね?」
「そうです。『継ぐ』が『門』に関わることだろう事は、若奥様からも聞いてます」
「若奥様?もしかして女神の事かい?」
「そうです。若奥様だけじゃない、バーチャんからは『継ぐ』のは俺が決めることだと言われました。けれども『継ぐ』の意味は、誰も何も教えてくれないんです」
「…」
進一さん、ごめんなさい。
ちょっと熱くなってしまいました。
「進一さん、すいません。熱く語って」
「桂子さんは…」
「桂子?バーチャんが何ですか?」
「桂子さんは、二郎くんに『継ぐ』の意味を、本当に教えていないんだね?」
「ええ、何も教えて貰ってないです」
「困ったな。僕としても父としても始めてのケースだよ」
「始めてのケース?」
「ああ、他の門で代替わりで来る奴らがいるんだけど、二郎くんのケースは始めてだよ」
『他の門』?
『米軍の門』『淡路陵の門』『隠岐の島の門』以外にも、『門』があるの?
「し、進一さん。他に門があるんですか?!」
「参ったなぁ…桂子さん、何を考えてるんだよ。ちょっと桂子さんと電話して良いかな?」
そう言って進一さんは車を路肩に停車させた。
俺はスマホを取り出し、バーチャんに電話する。
プップップッ
トゥルートゥルー
呼び出し音がしたのでハンズフリーに切り替え、進一さんと中間付近のダッシュボードにスマホを置いた。
「…」
「バーチャん?」
「だれじゃ」
「二郎です」
「どこの二郎じゃ」
「あなたの孫の二郎です」
バーチャん。
スマホなんだから誰からの電話かわかるだろ。
「おお、二郎か?どうした?」
「今、進一さんと居るんだけ、進一さんから話があるんだ。今、電話で話せる?」
「進一が話がある?進一が側に居るんか?」
「桂子さん。進一です」
「おお、進一か?何の用じゃ?」
「二郎くんに『継ぐ』話と言うか、『継ぐ』の意味を教えてないんですか?」
「ああ、その件か?」
「そうです。二郎くんと話したけど、『継ぐ』の意味も…」
「教えとらん」
「…… まじかよ…」
進一さん。
言葉が悪くなってるけど、大丈夫ですか?
「進一、それがどうかしたか?」
「…」
進一さんが黙ってしまった。
何か考えてるのかな?
「桂子さん。わかりました。自分で考えます」
「良か良か。切るぞ」
トゥー トゥー トゥー
どうやらバーチャんは電話を切ったようだ。
俺は通話の切れたスマホをしまおうとしたが、いきなり進一さんに手を掴まれた。
「二郎くんゴメン。もう一度、桂子さんと話せる?」
「えっ?良いですけど…手を離してくれないと…」
「あっ、ゴメンゴメン」
進一さんが手を離してくれたので、再びスマホでバーチャんに電話する。
進一さんを見れば、何か考えているようだ。
プップップッ
トゥルートゥルー
呼び出し音がしたので、再びハンズフリーに切り替え、進一さんと中間付近のダッシュボードにスマホを置いた。
「だれじゃ」
「二郎です」
お願いですから、誰からの電話か見てください。
「どこの二郎じゃ」
「あなたの孫の二郎です」
何か、毎回毎回、このやり取りを繰り返すのが辛くなってきた。
「進一さんが話があるって…」
「またか…」
「桂子さん。進一です」
「なんじゃ。朝からそんなにワシの声が聞きたいんか?」
バーチャん。違うと思うよ。
「さっきの件ですけど、僕から教えて良いんですか?」
「何の件じゃ?」
バーチャん、さっき話したよね?
「その、僕から進一さんに『継ぐ』について全てを教えて良いんですか?」
「なんじゃ。その件か。切るぞ」
えっ!切るの?
トゥー トゥー トゥー
どうやらバーチャんは本当に電話を切ったようだ。
進一さんは、頭を抱えてハンドルに突っ伏している。
俺は通話の切れたスマホに手を伸ばせなかった。
俺は進一さんの悩む姿を、初めて見た気がした。