14-22 客間
進一さんと連れ立ってリビングエリアに行くと、ソファーで彼女と吉江さんが寛いでいた。
大型液晶テレビには録画リストが表示されている。
これは声を掛けるにはタイミングが良さそうだ。
「母さん、里依紗が先にお風呂に入るって言ってたよ」
「あら、二郎さん。それに進一も。里依紗さんが何だって?」
「里依紗が先にお風呂を貰います。って言ってたよ。それに二郎くんの部屋を…」
「由美子!勝手に再生しないで。進一、二郎さんの部屋は美江の部屋にって、由美子、待って待って!」
吉江さんが制するが、大型液晶テレビではテレビドラマの再生が始まる。
「美江叔母さんの部屋で良いんだね?」
進一さん。
確認の声を掛けても反応は無いと思うよ。
「美江叔母さんの部屋で良いんだね?」
「「…」」
「里依紗が先にお風呂に入ってるよ」
「「…」」
やはり反応が無い。
既に二人とも、再生が始まったテレビドラマな人になったようだ。
「二郎くん行こう。案内するよ」
「はい。お願いします」
進一さんに続いて、準備してくれた客間に行こうとして、彼女の脇に置かれたウエストポーチに目が行った。
どうやらダイニングテーブルに移動した際に、俺が置き忘れたのを彼女が預かってくれていたようだ。
「由美子さん。ウエストポーチを取ってくれる?」
ダメ元で声を掛けると、彼女は俺のウエストポーチを差し出しては来るが、顔は大型液晶テレビに向いたままだ。
彼女が差し出すウエストポーチを受け取るが、彼女の顔は動かない。
「ありがとう。それとおやすみなさい」
お礼と就寝の挨拶を述べて、進一さんに続いて2階へと階段を上がって行く。
「あの状態でも聞こえてるんだな」
「ええ、そうみたいですね」
階段の途中で呟く進一さんに、俺は同意してしまった。
◆
「この部屋を使って。廊下の突き当たりがトイレと洗面台だから」
「ありがとうございます」
進一さんがドアを開け壁のスイッチを操作すると、6畳間サイズの部屋全体に明かりが灯る。
部屋を見渡せば、フローリングの床に柔らかな色合いの壁紙。
モフモフっぽいカーペット、ベッドと羽毛布団、机と椅子に洋タンス、そして俺のキャリーバッグとノートパソコン専用バッグが置かれていた。
窓にかかるカーテンも含めた室内の感じは、いかにも女性の部屋な感じだ。
「この部屋は全て自由に使って良いよ。そうだ、喉が乾くと困るだろう。水で良いね?ちょっと取ってくる」
「すいません。お手数を掛けます」
進一さんが部屋を出て行ったので、俺はノートパソコンとPadを取り出し机の上に置いた。
ノートパソコンの電源を取ろうとしてコンセントを探すと、AC電源、TV端子、電話端子、LAN端子が一体になたコンセントを見つけた。
ビジネスホテルに備えられているような設備に驚きつつも、遠慮無く使わせて貰う。
ノートパソコンを開き、確かLANケーブルの短いのがあったはずだとノートパソコン専用バッグの中を探していると、ドアをノックする音が聞こえる。
「二郎くん、水だ」
ドアを開け新型Padを持った進一さんが、500mlのペットボトルを渡してきた。
それを受け取ると、進一さんの目線は机の上に置かれたPadに向かった。
「このPadは、二郎くんのかい?」
「ええ、お古です」
「なるほど、桂子さんのお古か(笑」
「進一さんのは新型ですよね?」
「そうだ。Wi-Fi接続のパスワードを教えとくよ」
「ありがとうございます」
そう言って進一さんは手元の新型Padを操作する。
俺は急いでウエストポーチからスマホを取り出し、Wi-Fiの一覧を得てみると2つ出てきた。
「あれ?進一さん、近場に接続があります」
「ああ、Wで始まる方を使って」
そう言った進一さんは新型Padの画面を見せてくれた。
進一さんの新型Padに映されているWi-Fiのパスワードをスマホに入力すると、無事にWi-Fi接続がなされた。
だが、淡路島での白い増設コンセントでの盗聴を思い出し、進一さんに盗聴の危険性を考慮して聞いてみた。
「進一さん、もう一つのって大丈夫なんですか?」
「ああ、それは…もしかして、二郎くんは盗聴とかを心配してる?」
図星だ。もしかして進一さんは盗聴とかをされた経験があるのか?
「それなら大丈夫だよ。確かにもうひとつのWi-Fiは彼らのだけど、悪さをしたら取引停止だから」
「彼らの?それって『国の人』ですか?それに取引停止?」
「『国の人』?なるほど、二郎くんの呼び名はそれか。確かに『国の人』だね(笑」
「隠岐の島では、そうした危険性は無いんですか?」
「無いね。神が来る事もないから。二郎くんの言う『国の人』も興味がないんだよ(笑」
進一さんがニヤリと笑う。
その笑いには幾多の意味が含まれている気がしたが、もうひとつの『取引停止』が気になる。
思いきって直球を投げてみる。
「進一さんの言う『取引停止』は、魔石の事ですね」
「正解。二郎くん、だんだん鋭くなってきたね」
今の進一さんの言葉で俺は確信した。
進一さんは本当に魔石を製造して、それを『国の人』に販売して利益を得ているんだ。
「二郎くん。盗聴の心配も無いから、これで今夜は安心して寝れるだろ」
「ええ、盗聴はともかく、かなり疑問が消えて行きそうです」
「じゃあ、おやすみ」
進一さんからの就寝の言葉に、俺は今日一日の教えに礼を伝えるべきだと心から思った。
「進一さん。今日はありがとうございます」
「おいおい、まだ礼は早いよ。島を離れる時まで取っといてくれ(笑」
「そ、そうですね。まだ本題が残ってました」
「良かった。まだ本題に挑む気持ちが残ってるんだね」
「ええ、まだ挑みます」
「わかった、わかった。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
就寝の言葉を交わした進一さんは、静かにドアを閉めた。