14-21 魔法と現実
『狐につままれる』
その表現が妥当だろうか?
いや、もしかしたら進一さんに催眠術でも掛けられたのか?
「これは進一さんの催眠術だとか?」
「ククク、催眠術じゃあ酔いは醒ませないだろ?」
進一さんの言うとおりに、今の俺はすっかり酔いが醒めている。
一方の進一さんは、さっきまでの少し慌てた感じが消え、落ち着きのある進一さんに戻っている。
「じゃあ、本当に魔法なんですか?」
「そうだよ。魔石の力を使った魔法だよ。信じられないかい?」
「信じられないと言うか、これは現実に起こっている事ですから」
「現実に起こっているか…ククク」
「魔法は非現実的なもので、実際に起こってることが現実で…あれ?」
「ククク(笑」
進一さんの笑いに返す言葉が見つからない。
さっき口にもしたが、俺の常識では魔法は非現実的なものだ。
それでもこうして酔いが醒めているのは現実だ。
「二郎くん、どうする?もう一度酔って、魔石を使って酔いを醒ますか?」
そう言った進一さんが、再び作務衣のポケットから黒い石を取り出し俺に見せてくる。
「いや、魔石で魔法を使うと現実になっちゃいますから(笑」
「ククク。じゃあ、もう一杯飲もう」
互いのグラスを互いの酌で満たし、軽くグラスを掲げて乾杯の仕草をする。
一口入れて改めて感じる、この酒はやはり旨い。
魔法で醒ました頭で考えてみるが、何かこう疑問が湧き過ぎて、考えに纏まりが無い感じがする。
あれもこれもと次々と疑問が湧き出す感じで、何一つとして答えが導けない感じだ。
こういう時は、仕切り直しだ。
今夜、考えを整理して明日、進一さんとの会話で答えを導こう。
「進一さん、明日と明後日はお時間ありますよね?」
「そうだ、二郎くん明日の朝から付き合ってよ。材料を探しに行くから」
「材料を探しに行く?何の材料ですか?」
「魔石の材料だよ。壊れただろ?」
「あ、あれですか?壊してすいません。って、やっぱり魔石を作ってるんですか?」
「ああ、それが商売だからね」
「ちょ、ちょっと待ってください。商売って、進一さんは魔石を作って売ってるんですか?」
「そうか、二郎くん。魔石が欲しいんだな?譲ろうか?」
「あの壊れた魔石で、いくらぐらいですか?」
「ああ、酔い醒ましの魔石なら300万ぐらいかな?」
「要りません」
「冗談だよ」
「「ククク」「ハハハ」」
思わず二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
俺の笑いは、随分と乾いていたと思う。
それでも互いの手元のグラスを再び掲げ、進一さんと共に酒を飲み干すことが出来た。
「進一さん、今夜はこのぐらいにします」
「ああ、僕もそろそろ寝るよ」
「あら?もう飲まないんですか?」
進一さんと飲み終わりの会話をしていると、不意に声をかけられた。
振り替えると里依紗さんが立っている。
「恭平は寝たのかい?」
「ええ、寝かし付けたとこです。これからお風呂をいただこうと思って、義母さんは?」
「そっちで由美子とドラマ鑑賞だよ」
「じゃあ、話しかけても無駄ね(笑」
里依紗さんはそう言いながらも、大型液晶テレビの画面に目をやる。
「あの回は…お義母さんったら私と一緒に見たの忘れたのかしら?」
「京子お婆ちゃんは…この時間なら寝てるか」
里依紗さんが吉江さんと彼女が見やるテレビドラマを気にして、進一さんが京子さんに気をやったとき、突然、里依紗さんが誰に似ているか気がついた。
「マリコさん?」
思い出した。
里依紗さんの雰囲気が誰に似ているか、ハッキリと思い出した。
大阪のアスカラ・セグレ社で会った、エリックさんの奥さん、マリコさんに似ているのだ。
「あら、懐かしい名前ね。じゃあ、お風呂に入ってくるからお義母さんに伝えといて」
「そうだ。明日、朝から二郎くんと採りに行くから」
「恭平は?」
「悪いけど頼めないか?二郎くんと話があるんだ」
「わかったわ。お昼には戻ってね。明日は義叔母さん達も来るから。じゃあ、お義母さんに伝えてね」
「すまんな」
「じゃあ、二郎さんおやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
リビングダイニングから出て行こうとする里依紗さんの後ろ姿を改めて見る。
やはりマリコさんに似ている。
里依紗さんも『懐かしい名前』とか言ってたから親族なのだろうか?
「ふぅ~。二郎くんはマリコさんを知ってるのかい?」
「えっ、進一さんの言うマリコさんって、アスカラ・セグレ社のマリコさん?」
「そうだよ。マリコ・セグレさん。エリックさんの奥さんだろ?」
「ええ、そうです。大阪で会いました」
「そうか、会ってるんだね」
「それより、里依紗さんと感じが似てるんですが…」
「ああ、里依紗の従姉妹なんだよ」
「えっ?!従姉妹?」
「里依紗とは、かなり仲が悪いらしい」
「へぇ~」
「『マリコ』の名は、里依紗の前では口にしない方が賢明だぞ」
「そ、そんなに仲が悪いんですか?」
「あぁ、今夜は問われそうだよ」
「じゃあ、先に寝ましょう」
「ははは、そうだな。それが最良だな」
進一さん。少し顔が憂鬱そうです。
里依紗さんの前で、俺が『マリコ』の名を口にしたからですね。
ごめんなさい。