14-18 酔い醒まし
「さて、二郎君。すまんが先に休むぞ」
「あら、『もう』飲まないんですか?」
剛志さんの言葉に吉江さんが答える。
けれども、どこか『飲み過ぎだぞ』と思える言葉だった。
「いや、明日もあるだろ?」
「そうね、明日は保江も美江も来るからね」
「何時に来るんだ?」
「お昼前には来るみたいですよ」
そんな会話をする吉江さんは、俺や進一さん、剛志さんの食後の洗い物をキッチンに運んで行く。
「進一と由美子、二郎君のことは任せたぞ。ワシは明日に備えて先に休む」
そう言って剛志さんは、リビングダイニングから席を外した。
目の前ではPadに手をフル彼女。
「お婆ちゃん。そろそろ私も寝るから、もう飲んじゃダメよ」
「おお、由美子が寝るならワシも飲めんな。そうだ二郎や進一はどうした?」
「代わる?」
そう言って彼女が進一さんを見るが、進一さんは金髪の髪を揺らしてプルプルと首をフル。
続けて俺を見た彼女は、Padを俺に渡そうと差し出した。
仕方なくPadを受け取り、画面を見ればバーチャんが幸せそうにビールを飲んでいた。
「バーチャん。今日はそこまで。俺も進一さんも、もう飲まないから」
「そうか、仕方がないのう。これはどうすれば終わるんじゃ?」
おっと、Padでのテレビ会議の終わらせ方、バーチャんが知らないのは当たり前か。
「進一さん、どうすれば良いですか?」
バーチャんの写るPadを進一さんに渡すと、進一さんはテレビ会議の終わらせ方をバーチャんに説明し始めた。
「センパイ。今夜は一緒に寝ます?」
ニヤニヤとしながら彼女が聞いてくる。
「いいよ。由美子、一緒に寝よう」
ガタガタ ガシャン
キッチンから取り乱して何かを落としたような音がする。
吉江さん、慌てないで冗談だから。
彼女を見れば、ポカーンとした顔で俺を見ている。
進一さんも画面が暗くなったPadを片手に、ポカーンとした顔で俺を見ている。
「ゅ由美子。きゃ客間は不要だらった」
吉江さん慌ててキッチンから顔を出すけど、噛みまくりですよ。
「母さんも由美子も先に休んで、もう少しだけ二郎くんと話があるから」
「えぇ、由美子、一緒にテレビ見よう!録画したドラマをって、由美子!クネクネしない!」
驚きから自分を取り戻した彼女は、頬を染めてクネクネしていた。
その様子を見て、進一さんが笑いを堪えている。
◆
ダイニングテーブルには進一さんと俺。
リビングエリアのソファーには、彼女と彼女の母親の吉江さん。
仲良く撮り溜めしたテレビドラマを見ているようだ。
「由美子のあんな姿は始めてみたよ」
「同じです。剛志さんに聞かれたら殺されてましたね(笑」
「ああ、父さんは久しぶりに飲み過ぎたようだ。二郎くんが生きてて良かったよ(笑」
進一さんとそんな会話をしていると、俺が飲み干したグラスに進一さんは自分が飲んでいる日本酒を入れてくる。
並々と入れられた日本酒を眺め、これを飲んだら俺も剛志さんと同じ道だなと酔うのを覚悟した。
「二郎くんは酔ってるかい?」
「ええ、正直に言ってこのグラスの酒を飲めるかどうか…」
「もしかして飲み過ぎて気分が悪いとかか?大丈夫か?無理に飲むなよ」
「いえ、これを飲んだら終わりにします」
吐いたり戻したりはしないと思うが、もうこれ以上は無理だろうと思えてきた。
「二郎くん、手を出して」
突然、進一さんに言われグラスを置いて右手のひらを見せると、作務衣のズボンのポケットから何かを取り出す。
チラリと俺に見せると、開いた俺の右手のひらにそれを乗せた。
「何ですかこれ?」
手のひらに乗せられたそれを眺めれば、小指の爪ほどの大きさの丸くて黒い物。
なんだろう?黒い石か?
よく見ると奥の方に僅かに光を感じる。
いかんいかん。
細かいものを見つめると酔いが回りそうだ。
「握って」
そう言われて右手で黒い石を握ると、進一さんが握り込んだ俺の手を両手で包み込む。
「進一さん、な、何を?!」
「黙って!」
進一さんが目をつむり、祈るような仕草をすると握り込んだ黒い石が、一瞬、右手の中で熱くなった感じがした。
それと共に、それまで酔っていた自分の体から何かが抜けて行くような感じがする。
これ、明らかに酔いが抜けて行く。
それまで思考を深めれなかった意識が、どんどん鮮明になって行く。
「どうだい?楽になったかい?」
「ええ、楽になりました」
「もうお酒は飲みませんから、酔いから醒ましてください」
えっ?進一さん。何を言ってるの?
進一さんに言われ気がつけば、進一さんは既に俺の右手から手を離していた。
「ほら、『もうお酒は飲みませんから、酔いから醒ましてください。』って願って自分でやってごらん」
俺は進一さんの言うとおりに、再度、黒い石を右手で握り込む。
『もうお酒は飲みませから、酔いから醒ましてください。』
そう心の中で願うと、再び右手の中で黒い石が熱くなった気がした。
そして、体の中から何かが抜けて行く感覚と共に、それまで酔っていた自分が一気に酔いから醒めて行くのがありありとわかる。
「二郎くん、手を開いて!」
進一さんの言葉に慌てて握り込んだ右手を開くと、何かが抜けて行く感覚が止む。
そして、右手のひらを見れば先程より黒い石の明かりが乏しくなっている感じがする。
「進一さん、これってもしかして?」
「そう。魔石だよ」
進一さんは、唖然とする俺の手のひらから黒い石を取り上げると、再び作務衣のポケットに納めた。