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門の守人  作者: 圭太朗
2021年5月2日(日)☀️/☀️
161/279

14-12 呼び名


「父さん、日本酒を出すなら肴が欲しいよね。『しいしび』を炙るよ」

「おお、良いなぁ。炙ってくれ、ワシは酒を持ってくる」

 進一さんに剛志さん。『しいしび』て何ですか?


 剛志さんと進一さんがダイニングテーブルを離れ、一人で残された俺は、同じくダイニングテーブルに残されたアルバムをめくる。

 見ていないアルバムには、金髪の市之助さんと金髪の幼い進一さん、そして茶髪の可愛らしい女の子が写っている。

 年齢的に進一さんの妹、つまりは彼女だと思えるものだ。


 その可愛らしさは素晴らしいものだ。

 全てが笑顔で屈託のない可愛らしさ。

 彼女は、子供の頃から可愛かったんだなと改めて思う。


 ちょっと待て。

 これって、俺が見て良いのか?

 彼女の了解を得ずに、彼女の幼い頃の写真を勝手に見ても良いのか?

 俺はそっとアルバムを閉じた。


 クンクン。

 何かキッチンの方から香ってくる。

 イカを炙ったような香りだ。


「二郎君、待たせたな。これがおすすめの酒だ」

 香りの正体を気にしていると、剛志さんが4合瓶を両手に戻ってきた。


「まずこっちが隠岐の島の名酒だ。そしてこっちが海草焼酎だ」

「そしてこれが『しいしび』だよ」

 進一さん。剛志さん。

 日本酒に焼酎にイカなんて、絶品の組み合わせです。


「ああ~ おいしい いかだ~ パパ たべていい?」

 恭平君が匂いに誘われてやってきた。

 恭平君の後ろから女性陣もやってきた。


「おねえちゃん このいか おいいしんだよ」

「恭平ちゃん。良く言えました。グッ!」

 秦さん。そこでサムズアップですか?


「グッ」

 恭平君。君までサムズアップですか?


「あなたも進一も、『しいしび』まで出してるの、早いけど晩御飯にします?」

 吉江さんの提案を受け、時計を見ると5時を過ぎたばかりだ。


 昼食を抜いている俺としてはありがたい言葉だが、さっきまで恭平君と女性陣は赤福を食べていたよな?


「あなた。お酒飲むなら、先に恭平をお風呂に入れてよ」

 おっと、これまで静かだった里依紗さんが動き出したぞ。


 進一さんと剛志さんが少し肩をすくめ頷きあった。


「恭平、お風呂に入るぞ!」

「はぁ~い」

 そう言って、進一さんと恭平君は連れ立って風呂に向かおうとしたが、俺に驚きの言葉を掛けてきた。


「二郎くん。良かったら君も一緒にどうだ?」

 えっ? いきなり進一さんと入浴?


「やった~ おにいちゃんも いっしょにおふろ~」

「え、でも、その、」


 突然の入浴同行に驚いている俺の肩に、剛志さんの手が掛かる。


「二郎君。まさかと思うが墨でも入ってるのか?」

「す、墨?」


 剛志さん。肩の手に力が入ってますけど。



「いち、にい、さん、よん、ごお、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう!」


 ザバー

 恭平君が10を数えて湯船から飛び出す。


「里依紗!恭平が出るぞぉ~」

「ママ~ でたよぉ~」

 進一さんが里依紗さんを呼ぶと、浴室の戸を勢い良く恭平君が開け、脱衣所に出て行く。

 バタバタと足音がしたかと思うと、バスタオルを構えた彼女が見えた。


「恭平ちゃん。お姉ちゃんがフキフキするね」

 そう言って、彼女が恭平君の濡れた頭やら体やらを拭いている。


 俺は進一さんと一緒に湯船に浸かりながら、その光景をボーッと眺めていた。


 彼女の実家の風呂場は、かなりの大きさだ。

 淡路島の実家の風呂はジャグジー付きだが、こちらは檜風呂な感じの湯船だ。

 俺と進一さんが一緒に入っても余裕があるサイズだ。


「進一さん。この風呂は広いですね」

「市之助さんが広い風呂を欲しがったんだよ」


「それでもかなりの大きさですよね」

「う~ん。俺は生まれた時から、この大きさだから慣れてるのかな?」

 あり得る話だ。

 子供の頃から慣れていると、そういうものだと心が理解してしまう。


「僕が恭平ぐらいの頃は叔母さん達も同居してたから、市之助さんは大きい風呂にしたんだと思うよ」

「なるほど」


「由美子から聞いたんだけど、二郎くんは明日と明後日は隠岐の島に居られるんだろ?」

「はい。進一さん、今回は急に訪ねてすいませんでした」


「ククク、気にするな。二郎くんが来るのは由美子から聞いてたから」


 そう言って、進一さんは開け放たれた戸から見える彼女に目線をやる。

 俺も進一さんの目線を追えば、彼女が恭平君にパジャマを着せていた。

 パジャマを着終わった恭平君は、ダッシュで脱衣所を出て行く。

 残された彼女は恭平君の衣服やら、俺と進一さんの衣服を洗濯機に放り込んでいる。

 衣類を放り込んだ洗濯機の蓋を閉めた彼女は、恭平君が開け放った浴室の戸に手を掛けながら声をかける。


「お兄さん。里依紗さんから着替えを預かってるから置いてくね。センパイの着替えも置いとくから」


 そう言って彼女は浴室の戸を静かに閉めた。

 恭平君の居なくなった浴室には、俺と彼女の兄の進一さんだけ。


 急な静寂の中には、わずかな湯の音だけ。


「センパイって呼び名なのかい?」


 進一さん。

 ニヤニヤしながら俺を見ないでください。


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