14-10 隔世遺伝
「由美子、二郎君。もう一度聞くが、お伊勢様には行ってないんだな?」
「「ええ、行ってないです」」
「父さん。二人の様子だと行ってないみたいだよ。安心と言うか…二人が一緒になるなら結果的に行くことになるさ」
進一さん。少しニヤニヤしてるね。
「それもそうね。由美子、後がないんだから直ぐ行きなさい!」
吉江さん。また変な言葉がついてますけど?
「まてまて、皆慌てるな」
吉江さんの急く言葉を、剛志さんが制止する。
「そうです。皆さんの話が理解できません」
俺は自分の理解できない方向に話が進むのを止めたくて、剛志さんの言葉に便乗して声を上げた。
その時、金髪の恭平君が赤福を見つめながら、助け船の言葉を発した。
「ママ~ おばちゃんの おみやげ たべれないの?」
「おやおや、恭平は食べたいのかい?」
恭平君と京子お婆ちゃん。皆の話を止めてくれて、ありがとう。
「うん。ぼく たべたい!」
「恭平ちゃん。おばちゃんじゃないよぉ~ おねえさんだよぉ~」
秦さん(由美子さん)。恭平君の『おばちゃん』発言に拘る(こだわる)のは、そろそろ諦めようね。
◆
女性陣と恭平君は、ソファーで赤福とお茶でおやつの時間となった。
「里依紗。悪いけど恭平を見てて欲しいんだ」
「吉江も心配しないで、京子母さんを見てて欲しい」
進一さんが里依紗さんへ恭平君に気をやる声をかけ、剛志さんは母親を気遣う。
二人の言葉を聞いて、剛志さんと進一さんは、俺と男同士で話しをしたいんだと感じた。
ふと彼女と目線が合ったので、軽く頷くと彼女も頷いた。
どうやら場の雰囲気を彼女は分かってくれたようだ。
俺は進一さんと剛志さんに連れられ、ダイニングテーブルで一献傾けることになった。
「「じゃあ、男同士で話をしよう」」
ああ、やっぱりな…
剛志さんと進一さんの言葉に納得しつつも、少し嵌められた気分になった。
けれどもこれは、通るべき道だろう。
そして避けられない道だろう。
むしろ避けるのは適切ではない道だろう。
但し、少し歩が悪い。
彼女の父親と兄さんが相手なのだ。
「二郎くんも父さんもビールで良いね」
そう言って進一さんは冷蔵庫から瓶ビールを2本、冷やしたグラスを3つ持ってきた。
進一さんの酌で冷されたグラスにビールが注がれる。
3人でグラスを手に持ち、軽く持ち上げて乾杯の仕草をする。
「二郎くんは、お伊勢様の話を本当に知らないんだね」
「ワシも早まってしまったな」
「ええ、お伊勢様って伊勢神宮のことですよね?私が知ってるのは、その程度です」
進一さんの言葉で始まり、剛志さんの訂正、そして俺の無知が続く。
「二郎くん、端的に言うね。『門』に関わってる者が婚姻する際には、お伊勢様に詣でるんだよ」
「うんうん」
進一さんの言葉に、剛志さんが頷く。
「じゃあ、進一さんも伊勢神宮に?」
「ああ、里依紗と結婚する際にお伊勢様に詣でたよ」
「ワシも婿入りする際には、吉江とお伊勢様に詣でたぞ」
なるほど。
二人の言葉から、伊勢神宮に詣でる話しに察しが着いた。
けれども俺は、お伊勢様へ詣でる事については驚きは抱かなかった。
むしろ彼女の父親である剛志さんが、入り婿なことに興味を抱いてしまった。
「あの…変なことを聞いても良いですか?」
「何かな?」
「聞きにくそうだね。二郎くん」
「その、進一さんの髪の毛なんですが…」
「ハッハッハ。進一、やっぱり目立つんだよその金髪は」
「クックック。二郎くんは気になるかい?」
「息子さんの恭平君も金髪ですが、由美子さんのお父さんは黒髪ですよね」
「その件か。進一、市之助さんの写真があったろ。直ぐに出せるか?」
「ちょっと待って。持ってくるから」
そう言って、進一さんは席を立った。
剛志さんの言った、市之助さんの写真を取りに行ったのだろう。
「市之助さんって、隠岐の島の門からやってきたハーフエルフの…」
「二郎君は由美子から聞いたのかい?」
「ええ。そう聞きました」
少し脚色してしまった。
正しくは、佐々木さんから聞いた言葉
〉市之助さん。隠岐の島の門から出てきたハーフエルフだよね?
を、彼女が肯定したのだ。
「市之助さんは既に亡くなってるんだが、ワシの義理の父で吉江のお父さんだ。それが見事な金髪だったんだよ。進一や恭平が金髪なのは、カクセイ遺伝とか言うやつだな」
剛志さん。『隔世遺伝』の事ですね。
「私が見た記念写真では、皆が黒髪だったんで…」
「ああ、あの写真だね(笑」
「ええ、市之助さんを見たのは、あの写真だけでしたし、皆が黒髪だったんで気になってしまって」
「あの写真だろ?市之助さん、家族旅行だからって染めたんだよ。自分が目立つと、家族に迷惑をかけそうだからって言ってたのを思い出すよ」
そう言って、剛志さんは懐かしむような顔をする。
「あの写真って何年前なんですか?」
「二郎君は桂子さんから聞いてないのかい?」
「ええ、写真を見せられて、皆さんが淡路島に訪れた話だけ聞かされて…」
「桂子さんらしいな。進一が生まれる前だから35年?いや34年前か?」
やはり、俺が生まれる以前だ。
そんなに昔から、家族ぐるみの付き合いがあるなんて驚きだ。
俺が知る限り、バーチャんが秦家と交流があるなんて全く知らなかった。
剛志さんの言うバーチャんらしいの言葉に、何かこう納得できる感じもする。
俺はこの有給休暇を取るまで、『門』の存在を知らなかった。
バーチャんは一言も俺に話さなかった。
あのサンダースさん=神様、若奥様=女神様、メイドさん=見習い女神、そして執事さんの存在も知らなかった。
『国の人』な存在や眼鏡なんて、一度も会ったことがなかった。
それらがあっという間に俺の前に現れたのだ。
バーチャんは、俺が『門』との関わりを持たないように、とことん伏せていたのだろう。
「その…『門』についてはご存じなんですよね?」
「ああ、それな。詳しい話は進一から聞くと良いよ。俺は継げなかったからな。実際、市之助さんの跡継ぎは進一だしな」
「ええ、継ぐ継がないは進一さんに教えてもらおうと思ってます。実を言うと、『門』について私は何も知らなかったんです」
「ハッハッハ。桂子さんは徹底してるな。お伊勢様の件もそうだが、二郎君は桂子さんから何も聞かされて無かったんだね」
「ええ、本当に無知でして…」
「ふむ。それならワシも同じだよ」
えっ?剛志さんも同じ?
さっき、継げなかったとか言ってたけど?