14-8 ご家族
「お母さん!ただいま~」
秦さん。声が明るくて元気です。
高級住宅の玄関を開け、彼女は室内に元気な声を響かせる。
その声に呼応したのか、パタパタと走る音がする。
金髪の5歳ぐらいの男の子が、玄関前のホール(廊下)を走って飛び出してきた。
金髪の男の子が、俺と彼女をジーっと見る。
「……」
そして振り返ると、再び走って戻って行った。
「今のって…」
「甥っ子ですね。実際に会うのは今日が初めてなんです」
「えっ、そうなの?!」
「兄の結婚式で帰ってきたのが、最後の帰省でしたから。それよりセンパイ、上がってください」
「それじゃあ、お邪魔します」
そう声に出して靴を脱ごうとした時に、さっきの金髪の男の子が玄関ホールの柱の影から覗いているのが見えた。
海外ドラマに出てくるような、愛らしい幼い男の子だ。
「こんにちは」
「恭平ちゃん。由美子お姉ちゃんだよ~」
甥っ子さんは『恭平』って言うんだな。
「しらないひとと はなしちゃ だめなんだよ」
「お姉さんは恭平ちゃんのことを知ってるよぉ~」
「えぇ~ ぼくは おばちゃんを しならいよぉ~」
「お、おばちゃん…」
その時、金髪の恭平君の後ろから、やはり金髪の男性が表れた。
「おお、由美子。久しぶりだな」
「お兄さん。久しぶり~」
「そちらが…二郎くん?」
「はじめまして。門守二郎といいます」
「おお、噂に聞く門守くん。いや、二郎くんで良いかな?」
この金髪のお兄さんが『進一』さんで、『隠岐の島の門』の当代な方だろう。
かなりのイケメンだ。しかも金髪だ。
けれども、着ている服が作務衣なのがミスマッチのような似合っているような…
「立ち話も何だから、遠慮なく上がってくれ」
「センパイ。上がってください」
「じゃあ、お邪魔します」
「荷物はキャスターを拭いた方が良いな。悪いけどちょっと置いといてくれるか?」
「はい。場所をお借りします」
そう述べて靴を脱いで上がろうとした時に、恭平君が話しかけてきた。
「おにいちゃん もしかして えらいひと?」
金髪の恭平君の言葉に、思わず彼女のお兄さん(進一さん)と顔を見合わせてしまった。
恭平君、えらい!
きちんと『おにいちゃん』と言えてるね。
俺の年齢なら、まだギリギリ『おにいちゃん』で通用すると思うんだ。
そう言えば、恭平君は彼女を『おばちゃん』呼ばわりしていたな。
「おばさん このひと つよいひとなの?」
恭平君は俺を指差し、彼女に問いかける。
彼女は既に先に上がって、恭平君と目線を会わせるようにしゃがんでいた。
「恭平ちゃん。おばさんじゃないよ~。お姉さんですょ~」
恭平君に少し説教気味に言う彼女の顔が、少しだけひきつっていた。
◆
玄関ホールを抜けて、かなり広いリビングダイニングに通された。
ダイニングテーブルの先、少し離れた場所には、L字形のソファーセットが2組向い合わせで置かれており、中央の壁際に大型の液晶テレビが鎮座している。
そのソファーセットに、3名の男女が座っていた。
「お父さん、お母さん、お婆ちゃん。ただいま」
「おやおや由美子じゃないか。元気にしてたかい」
バーチャんと同い年ぐらいか?
この年代の女性はどうも年齢がわかりにくい。
多分この方が『京子』さんだろう。
「あらあら、一郎さんにそっくり。ねえ、そっくりよね」
初老?
いや、この年代は中老だろう女性が俺の父の名を口にする。
この女性が彼女の母親だ。
名前は『吉江』さんだよな?
バーチャんや彼女が言っていた通りに、彼女にそっくりだ。
「門守二郎君。座りたまえ」
ビクッ!
まさしく中老な男性にフルネームを呼ばれた。
この男性が彼女の父親で間違いない。
『剛志』さんだったよな?
「はじめまして。門守二郎といいます」
そう告げて頭を下げソファーに座ろうとすると、目の前を金髪の男の子が小走りにやって来た。
「すわりたまえ」
さっきの金髪の男の子、恭平君が彼女の父親(剛志さん)の言葉を真似、彼女の父親の膝の上によじ登るようにして座った。
なんとも愛らしい笑顔を見せながら、俺を指差してきた。
「おじいちゃん このひと きんいろだよ」
「金色?」
思わず恭平君の言葉に反応する。
座って良いのか躊躇っていると、彼女に袖を引っ張られた。
彼女の親族が座る反対側のL字型ソファーに、彼女に袖を持たれたまま座る。
同じ様に彼女の兄さん(進一さん)も座ると、彼女の父親(剛志さん)が口を開いた。
「由美子と付き合ってると聞いたが…」
「はい。センパイと結婚したいです♪」
秦さん。そこで腕を掴まないで。
お父さんの視線が怖いから。
「由美子は二郎さんと結婚したいの?」
バーチャんと同い年ぐらいの女性(京子さん)が問いかける。
「はいはい。そこまで。まずは先に挨拶から始めよう」
ありがたい言葉だ。
彼女の兄さん(進一さん)は、それなりに良識があるのだろう。
金髪で作務衣だけど。
「二郎くんもそれで良いね?」
「はい。ありがとうございます」
「父さんも母さんもお婆ちゃんも、それで良いね?」
「そうだな。進一の言うとおりだ」
「それにしても、そっくりよ~」
「吉江の言うとおり確かに似てるわぁ~」
いやいや、お二人もそっくりです。
皆が同意してくれてホッとした時、俺と同い年ぐらいの女性が声を掛けてきた。
「門守さんが来てるの?」
「ママ~ このおにいちゃん きんいろだよぉ~」
恭平君がダッシュで彼女の父親(剛志さん)の膝から飛び降り、ママと呼ぶ女性の元に走って行く。
この女性が恭平君のお母さんで、彼女の義理の姉、彼女の兄さん(進一さん)の奥さんだろう。
その女性を見た時に、どこかで会った気がしてならなかった。
どこかで、同じ顔立ちの女性に会った気がして記憶を辿るが思い出せない。
どこかで会ってる気がするんだ。
そんな感覚を抱いてしまい、今の自分が成すべきことが何かを考えられなくなった。