14-7 高級住宅
結局、タクシーで彼女の実家に向かうことになった。
タクシーは、先ほどバスを降りた場所に数台停まっていた。
キャリーバッグをドナドナして順番待ちの列に並ぶ。
程なくして、俺と彼女が乗り込む番となった。
運転手さんが、俺と彼女がキャリーバッグを引いているのを見てトランクを開けてくれる。
運転手さんが降りてきて、トランクにキャリーバッグを載せるのを手伝ってくれる。
「あれ?秦のお嬢さんじゃないか」
運転手さんが、彼女に向かって声をかけた。
「あら、おじさん。お久しぶりです」
「随分と久しぶりじゃねえか。戻ってきたのか?」
その時、後ろのタクシーから軽くパッシングをされてしまった。
運転手さんが慌てて、俺と彼女に乗るように促す。
ふと後ろを見れば、女性3人組が既に乗り込んだタクシーの運転手さんが、俺と彼女が乗る車が発進するのを待っている感じだ。
「まったく辛抱が足りない奴だ。あの女の子3人組、楽しい旅行に水を指されなきゃいいが…」
車内で運転手さんが少しだけ毒づく。
どうやらお客さんの心配をしているようだ。
「本当は、おじさんが乗せたかったとか?」
「お嬢、何を言うんですか。俺にはこうしてお嬢を運ぶ大役があるんですよ」
彼女と運転手さんの冗談混じりの会話から、お互いが顔見知り以上の関係だろうと伺える。
何にせよ、ここは彼女の地元だ。
それなりに彼女の知り合いが居ても、おかしいことでは無いだろう。
「それじゃあ、平神社までお願いします」
「暫くはこっちに居るんかい?」
運転手さんと彼女の会話が続く。
少し、気になるのは運転手さんが口にした、『秦のお嬢さん』の言葉だ。
もしかして、彼女は隠岐の島では名の知れた家の『お嬢様』とか?
だとしたら、俺なんかがお付き合いするのは相応しくなかったりするのか?
う~ん。
彼女の兄さんに会うのに腰が引けてきた。
彼女の両親に会うのに気が重くなってきた。
「秦さん。ちょっと聞いて良い?」
「何ですか?センパイ」
「お嬢の彼氏さんかい?」
運転手さんが割り込んできた。
「わかりますぅ~」
秦さん。腕に絡み付かないで。
運転手さんの気が散って、運転が疎かになっちゃうから。
「それで親父さんは急に休んだんだ」
おいおい。
彼女のお父さんは、今日、俺がお邪魔することを知って、仕事を休んだのか?
あれ?
何で運転手さんが、彼女の父親が休んだのを知ってるんだ?
「今日、お父さん休んだんですか?」
「ああ、午後は休むって急いで帰ったらしいよ」
「秦さん。お父さんの仕事って?」
「うちの会社の専務だよ」
運転手さん。バキバキに割り込んできますね。
秦さん。腕に力が入ってますよ。
◆
タクシーを降り、運転手さんが荷物をトランクから出してくれる。
俺は目の前の高級住宅を茫然と眺めている。
「お嬢、頑張れよ!」
「はい。一緒に頑張ります。ねっ♪」
「……」
話し好きな運転手さんは車を切り返して、来た道を戻りながら意味不明な応援の言葉を投げてきた。
彼女は俺の腕を掴んだままで軽快に答える。
何を頑張るかはわからないが…
タクシーを降りた俺と彼女の目の前には、高級住宅がある。
2車線の道から脇道に入って、直ぐに見えてきた大きな家だ。
日本家屋な感じではない。
むしろアメリカの海外ドラマに出てきそうな感じで、見事に手入れされた芝生の庭の向こうに荘厳な外観の2階建て高級住宅が見える。
ガレージも備え、Lで始まる白の高級車と、大阪でホテルの迎えに使われていた黒のアルファードが見える。
更に視線を移せば、普段使いであろう軽自動車が納められたガレージまである。
彼女の実家は何世帯で住んでるんだ?
「秦さん。この大きな家に何世帯で住んでるの?」
「祖母と両親と兄夫婦と甥っ子ですから…3世帯ですね」
「今日、俺が泊まっても大丈夫?」
「全然大丈夫ですよ。母が客間を準備してるはずですから」
「そもそも、急に俺が来て泊まること自体が非常識な気もするけど…」
「センパイ。逃げたいんですか?」
「ま、まあ。逃げたいかも(笑」
彼女の言葉に本気で頷きそうになった。
逃げ出したい気持ちは本気だが…
「センパイ。往生際が悪いです」
秦さん。アヒル口な怒った顔も可愛いです。
「それと、ここからは『由美子』もしくは『由美子さん』と呼んでくださいね」
「えっ?」
「わかりませんか?」
「??」
「じゃあ、今まで通り『秦さん』と呼ぶんですか?あの家の中は、全員が『秦』ですよ」
「!!」
そうだ。彼女の言う通りだ。
職場で呼んでいた癖で、ついつい『秦さん』と彼女を呼んでいた。
けれども彼女の両親や親族に会い、会話をする上で、彼女を『秦さん』とは呼べないだろう。
彼女の親族の名字は『秦』なのだ。
「秦さん」
「センパイ。練習したいんですか?」
なぜバッグに手を入れてスマホを取り出すの?
「由美子さん」
「待って待って。録り損ねちゃった。はい。もう一回」
「由美子」
「……」
「由美子さん」
「……」
「何回言えば気が済むの?由美子さん?」
「よし。録れてる録れてる」
神様仏様。サンダース様。
それに女神の若奥様。
どうか教えてください。
彼女の実家の前で、俺が彼女の名を呼ぶのを『なぜ録音されるのか?』どうか教えてください。