14-6 西郷港フェリーターミナル
バスの車窓から見える隠岐の島の風景は、実に素晴らしいものだ。
空の青さ。
時折見える海の水面。
赤く塗られた橋を渡る頃には、港らしき岸壁に繋がれた大小様々な漁船が見える。
漁船の対岸には、やや背の高い白い外壁のホテルらしきものが見える。
どことなく海風の香りもする。
この長閑な情景が、半分叫びのような彼女の声で破られた。
「だ、ダメじゃん!」
秦さん。どうしたの急に?
「センパイ。全滅です」
「何が全滅なの?」
「私の知ってるお店、全て、お昼の営業が終わってるんです」
スマホ片手に、彼女は空腹を更に刺激する言葉を口にした。
彼女の言葉に慌てて、俺もウエストポーチからスマホを取り出す。
時計を見ると、既に2時半を過ぎて3時と言ってもおかしくない時間だ。
彼女の言う通りに、この時間では飲食店は昼食の営業が終わっていても当たり前だろう。
「秦さん。仕方がないよ。飛行機の時間を考えたらこうなるよ」
「そうですよね…」
そうした会話をしている内に、先ほど赤く塗られた橋から見えた白い外壁のホテルらしき建物が近付いてきた。
バスが橋を渡る都度、護岸には漁船が多数係留されているのが見える。
そろそろ背の高い建物が増えてきた。
街中に入った感じがしたなと思っていると、車内アナウンスが流れた。
『次はポートプラザ前です』
そのアナウンスに彼女が反応してキャリーバッグを掴み直し、俺に告げてくる。
「センパイ。降りましょう」
彼女の言葉と行動に釣られて、俺もキャリーバッグを掴み直し、ノートパソコン専用バッグを肩に深く担ぎ直す。
空いている手でお土産の入った袋を持ち上げると、周囲の乗客も同じ様にザワつき始めた。
「皆が、ここで降りるんだね」
他の同乗客に聞こえないよう彼女の耳元に囁くと、彼女はコクリとうなずく。
結果、バスに乗っていた乗客は全員が降り、俺と彼女も同じ様に降りた。
バスから降りた俺の視界には、なるほどと思える大きな看板が見える。
『竹島は今も昔も隠岐の島』
ここ隠岐の島の北西には、日本の領土であるが隣国の韓国が実効支配をしている竹島がある。
いわばこの隠岐の島は、国境に近い島なのだ。
「やっぱりお腹が空いてますよね?」
「マクドとかないの?」
プルプルと彼女は首を振る。
「ロッテリアは?」
プルプルと彼女は首を振る。
なんか可愛らしい。
「モスバーガーは?」
「バーガーキングは?」
彼女の首を振る様子が可愛らしくて、ファストフードフランチャイズな名前を羅列して行く。
「スタバは?」
「ドトールは?」
「タリーズコーヒーは?」
「センパイ。そろそろ種切れですか?」
はい。種切れです。
彼女へ並べ立てたファストフードフランチャイズな店は、全てが無いそうだ。
更にコンビニエンスストアも、ファミリーレストランも全滅だった。
「秦さん、これ以上足掻いても無駄な気がする」
「そうですね。そろそろ実家に向かいます?」
「そうだね。あれ?」
「どうかしました?」
「秦さんは、昨日とか今日とか実家に電話した?」
「あっ!」
俺の言葉に反応して、彼女がスマホで電話を始めた。
「あ、お母さん。着いたよ~」
「……うん。一緒だよ」
「今?西郷港のフェリーターミナルだよ」
「お昼、食べ損ねちゃって…」
話が長くなりそうな感じがする。
彼女の話だと、ここはフェリーターミナルで西郷港とか言ってたな。
今回は飛行機で来たけれど、隠岐の島のような離島にはフェリーなどの船旅で来るのが昔は当たり前だっただろう。
大阪から1時間程度のフライトで隠岐の島に来た俺だが、フェリーで来ていたらどれだけ時間を要したのだろうか。
どんな船なのか興味が湧いた俺は、岸壁の方に回ってみると…
見えました。
「なかなか大きな船だな」
「『くにが』ですね」
あら?秦さん。電話は終わったの?
「フェリーだとどのくらいで着くの?」
「フェリーですか?2時間半ぐらい?」
「意外と短いんだね」
「センパイ。認識が甘いです」
「本土、鳥取の境港か七瀬港から2時間半ぐらいですが、そこまで行くのが大変なんです」
「へぇ~ そうなんだ。俺は鳥取県は行ったことがないから、よくわからないんだ」
「センパイ、そのスマホで調べて見てください。東京から飛行機を使わない方法で」
「どれどれ」
彼女の指摘に従って調べてみた。
出発地を東京にして、今の時間に西郷港フェリーターミナルに到着する設定にする。
利用する交通機関として飛行機を除外する。
検索ボタンを押して、表示された画面を見て唖然とした。
「朝の07:30に東京駅?」
「そうなんです。隠岐の島は離島なんで、本土からの交通手段がフェリーか飛行機に限られるんです」
彼女の言葉を聞きながら、念のためにさっき外した飛行機を利用する方法も検索してみる。
「これでも朝の10時に東京駅?」
「この隠岐の島に向かう飛行機かフェリーに乗るために、朝早くに東京を出る必要があるんです」
青く澄んだ空を背景に、鮮やかな海風に頬を撫でられる。
ここは隠岐の島。
日本海に浮かぶ離島だ。
隣国との国境の地だ。
俺は頬を撫でる海風に、隠岐の島をなめていたと痛感した。