14-5 隠岐空港
無事に隠岐の島の空港に着いた。
飛行機はかなり揺れたが無事に空港に着いた。
ここまで『隠岐の島の空港』と呼んでいたが、正しい呼称が「隠岐空港」であり、愛称が「隠岐世界ジオパーク空港」と彼女の説明で知った。
そして地方空港特有の「なるほど」を学んだ。
着陸した飛行機が移動し、空港施設の建物付近で止まる。
飛行機にタラップが接続され、自分自身で歩いて空港施設の建物へ移動するのだ。
機外に出てタラップを降り、地に足を着けて自分が生きていることを実感した。
格段に飛行機に恐怖感が有ったわけではないが、今まで機内という閉鎖された空間から解放された感じがする。
まさに五月晴れと呼べる空の青さ。
見渡す限り、背の高い建物が周囲に見当たらない。
空港だからと言うのもあるとは思うが、素晴らしいまでの解放感がある。
空港の建物に向かって彼女と歩きながら、それとなく感想を口にする。
「これが地方空港の実際なんだね」
「はい。これが当たり前です」
飛行機から降りて地面を歩くなんて、伊丹空港の経験からすれば思いもよらなかった。
空港の建物から、搭乗橋を使って飛行機に乗り込んだ経験しかない俺だ。
当然のように、降りる際も同じだと思い込んでいた。
けれども、よくよく考えてみればこれは当たり前のことなのだ。
ニュースなどの映像で、どこそこの大統領や首相が日本に来た際には、乗ってきた飛行機を背景にタラップの上で手を振る姿が流される。
その後は楽隊の演奏に迎えられ、同様なお偉いさんと握手して黒塗りの大きな車に乗り込む。
この隠岐空港との違いは、お偉いさんの握手が無いこと、黒塗りの大きな車でのお迎えが無いこと、楽隊の演奏が無いことだけだ。
空港の建物に入り、荷物受取所で彼女と共に自分達の荷物が出てくるのを待つ。
最初に彼女のキャリーバッグが出てきた。
続いて空港で購入したお土産が出てきた。
俺のキャリーバッグが出てこない。
20個ぐらい他の方々の荷物が出て来たのだが、俺のキャリーバッグだけが出てこない。
「これって、どんな順番なんだろ?」
「不思議ですよね。私は経験無いけどファーストクラスだと最初に出てくるそうです」
「秦さんはファーストクラスの経験があるの?」
「美奈は、インドへ行った時に乗ったそうです」
美奈?
ああ、あの個人情報駄々漏れにしている同期入社で人事部の美奈さんね。
インド旅行の経験があるんだ。
「へぇ~。さっきの飛行機にもファーストクラスってあるの?」
「センパイ。あると思いますか?」
秦さん。その皮肉を口にした笑顔も可愛いです。
「無かったと思う…」
「あ、ほら、センパイのですよ」
彼女の言う通り、俺のキャリーバッグがベルトコンベアに乗せられ出てきた。
彼女と共にキャリーバッグを引き連れて、空港ターミナルビルのロビーに出る。
う~ん。全てが見渡せる。
伊丹空港で見かけた、航空会社のチェックインカウンター。
その隣の荷物預け入れ口。
保安検査への入り口。
お土産を売る売店。
その隣の飲食店?喫茶店?。
更にターミナルビルの出口。
「センパイ。食事はどうします?」
「う~ん。秦さんはあの店で食べたことある?」
そう言って、俺は飲食店のような喫茶店のような店を顎で指す。
「私は無いんです。ちゃんぽんが美味しいらしいんですが…」
「ちゃんぽん?長崎チャンポン?」
「ええ、兄や叔母さん達が美味しいと言ってたんです」
「食べたくなって来たね」
「じゃあ、行きましょう!」
「よし。隠岐の島で最初の食事はチャンポンだ」
店内を覗いて彼女と顔を見合わせる。
「センパイ。満席ですね」
「こ、これは無理だな」
「人気店とは聞いてましたが…」
「諦めよう」
「ですね」
「秦さん。隠岐の島でおすすめの食べ物は?」
「チャンポンですね」
「えっ?」
「バスにまだ間に合う。行きましょう。案内します」
そう言って彼女は建物の外にダッシュで出て行く。
「センパイ!急いでください。もう出るそうです!」
止まっているバスの前で、彼女が俺を呼ぶ。
キャリーバッグとノートパソコン専用バッグ、そしてお土産の袋を持って俺は彼女の元に走りよる。
彼女と共に路線バスに乗り込むと、程なくしてバスの扉が閉まり、バスが動き出した。
「秦さん。急いで乗ったけど、このバスであってるの?」
「大丈夫です。飛行機が着いて15分後には出ちゃうんです」
「??」
「ああ、わからないですね。このバスは空港とポートプラザを繋ぐバスで、飛行機から降りたお客さんを乗せるんです」
「路線バスだよね?」
「路線バスですよ。発着時間が飛行機に合わせてるんです」
俺は彼女の言葉を、直ぐに理解できなかった。
彼女は走って乱れた息を整えながら、俺に説明をしてくれた。
俺も息を整えながら説明を聞き、ようやく理解できた。
空港から街中に向かうバスは、飛行機が空港に到着して15分後には出発するというのだ。
そのために空港で時間を要したり、バスを乗り過ごすと、次の飛行機が到着するまで街中に向かうバスが無いというのだ。
「今の飛行機が最終便だったら…」
「空港からタクシーですね」
伊丹空港で話していた、隠岐の島に着いてお土産が買えるかとか、食事をするなんて、そもそもタクシー利用が前提の話だったんですね。
俺は、隠岐の島をなめていたのかもしれないと、少しだけ反省した。