14-3 昔のバイト
「これが、私が知ってる飛行機に乗る際の手順です」
「秦さん。ありがとう。とても勉強になった」
「旅行のガイドブックだと、最初にチェックインを推奨してます」
「へぇ~。チェックインしてから手荷物を預けるの?」
「チェックインと、荷物の預け入れが別ならチェックインが先でも問題ないんです」
「なるほどね。秦さんの場合は一緒に済ませるんだ」
「特に今回は、お土産物を空港で買って荷物が増えるから、チェックインを後にしたんです」
「お土産を預け入れず機内持ち込みをする時は、先にチェックインを済ませれば良いんだね?」
「先にお土産を買って、キャリーバッグに詰めてれば、空港では直ぐにチェックインをして荷物を預けちゃいますね」
おおよその流れが理解できた。
彼女の丁寧な教えには頭が下がる。
俺みたいな初心者に丁寧に教えられる姿勢は、褒め称えられる行為だ。
だが、世の中にはそうした褒め称えられる人ばかりではない。
初心者が無知なのを利用しようとする、哀れで、恥ずかしい人間が世の中にはいるのだ。
そうした愚かな人間で思い出すのは、食品工場のバイトで出会ったオバチャン二人だ。
就職留年した際に、派遣バイトに登録して食品工場へ行った経験がある。
わずか二日で辞めたバイトだ。
パートアルバイトのオバチャン集団に混じってコンビニ弁当を作る仕事だった。
おおよそのオバチャンは優しく、若い俺は初日から可愛がられた。
だが、何処の世界でも問題を抱えた方がいるように、このバイト先にも若干2名の問題あるオバチャンがいた。
食品工場には何とも言い難いヒエラルキーが存在する。
現場班長 > 現場社員 > パートアルバイト
こんな感じのヒエラルキーだ。
本来はパートアルバイトは横並びで、上下関係は無い筈なのだが、2名の問題あるオバチャンは違っていた。
1名のオバチャンは『山口』と言い、自分から率先して現場社員の代わりをしようとするタイプだった。
初めての仕事に戸惑う俺に、現場社員が作業手順を教える。
現場社員から教えられた方法で、俺が一人で弁当の容器を出しているのを『山口』オバチャンが見つけて、
「何を勝手にやってるんだ」
「誰に言われてこの仕事をしている」
「やり方も知らないのに!」
そんな言葉を並べ立てて、俺を叱責して来たのだ。
挙げ句には現場社員から教わってもいないことを『ルールだからやりなさい』と上から目線で言い付けてくる。
しかも俺がやった作業の後を見て、『あれがやってない』『これができていない』そうした批判を口にするのだ。
俺は現場社員の教え忘れだろうと、『山口』オバチャンの指摘に従った。
だがバイト二日目に『山口』オバチャンの勘違いが炸裂した。
現場社員でもないのに、あれをやれこれをやれと、俺に指示を始めたのだ。
若かった俺は怒り半分に現場社員を呼びつけ、『山口』オバチャンの異常性を指摘した。
現場社員は俺に謝ったが、『山口』オバチャンは最後まで無言を通した。
現場社員は、俺を『山口』オバチャンと接点の無い仕事に廻した。
その仕事にも『関戸』という問題を抱えるオバチャンがいた。
「初めてなので教えてください」
そう俺は伝えて作業を始め、1品目の作業を終えた。
類似商品の2品目を作業する際に、効率を考えて担当した作業の順序を変えてみた。
途端に『関口』オバチャンが吼えた。
「何をやってんの!」
始めての作業をする者に対して、あまりにも強い口調で叱責する言葉を言い放つ『関戸』オバチャンに俺はキレた。
「きさま、なんと言った!もう一度言ってみろ!」
俺の大声に気づいた現場社員が走ってきた。
先程、『山口』オバチャンと俺を遠ざけた現場社員だ。
「この会社は『初めてだから教えてくれ』と言った人間に、『何をやってるんだ!』と叱りつける。そんな言葉を口にする人間を雇っているのか!」
つい俺も怒鳴ってしまった。
現場社員は『関戸』オバチャンに話を聞くが、『関戸』オバチャンは俺を叱る言葉を放ったことは頑なに口にしなかった。
むしろ、俺が作業順序を変えたことを指摘する話を延々とするだけだ。
「関戸さん、順序を変えるなと最初に教えましたか?」
俺が聞いても『関戸』オバチャンは黙るだけ。
「『何をやってるんだ!』と叱りつけた言葉を忘れたんですか?」
俺が問いかけても、『関戸』オバチャンは俺が順序を変えたことが悪い、その一点を現場社員に繰り返すだけだった。
その後、『山口』と『関戸』の両オバチャンから離れた仕事に廻され休憩時間を迎えた。
休憩時間で他のオバチャン達と雑談する最中に、ヒエラルキー上位の現場班長に声を掛けられた。
そして現場班長の口から、『山口』と『関戸』両オバチャンの問題を聞かされた。
『山口』オバチャンは、自分が仕事が出来る人間だと勘違いしている。
自分が社員と同じような存在だと勘違いしている。
そのために迷惑をかけた。
『関戸』オバチャンは、必ず初心者と問題を起こす人物だと言われた。
周囲の話を聞くと、仕事を取られるのが嫌なのだろうとか、やたらと新人を配下にするために叱りつける人物らしい。
このバイトで俺は学んだ。
初めての人間は無知だ。
そうした他人の無知を利用しようとする、恥ずかしい考えの人間が世の中に居ることを学んだ。
そうした他人の無知を自己満足に利用しようとする、哀れな人間が世の中に居ることを学んだ。
◆
「秦さん、ありがとう。理解できた」
俺は彼女から教えてもらった、飛行機に搭乗するための手順を理解した。
本当に彼女の教え方は丁寧だった。
無知な俺にはとても有益な教えだった。
こんな無知な俺に教えても、彼女には何の得もないのに本当にありがたいことだ。
「国際線も同じです。今度の新婚旅行では、センパイが手続きしてくださいね(ハート」
秦さん。新婚旅行の前にご両親への挨拶という難関が待ってます。
「あら、新婚さん?まだ新婚旅行の予定がないんですか?是非とも新婚旅行は我社をご利用ください」
JALカウンターのお姉さん。
ニヤニヤするのやめましょう。
俺の手元にはノートパソコン専用バッグとウエストポーチだけ。
彼女も普段使いのバッグだけで、お互いに身軽な感じだ。
「後は何をするの?」
「保安検査を受けて、搭乗口へGOです」