14-2 伊丹空港
「遅延10分」
バス車内の前方に掲げられた液晶板の表示が切り替わった。
先程までは『遅延5分』の表示だったが、10分の遅延に切り替わったのだ。
「10分遅れなら大丈夫ですね」
「大丈夫だよ。まだ余裕がある」
彼女は少しだけ心配なのだろう。
それでも1時間以上余裕がある。
「秦さん。実家へのお土産は何が良いかな?さすがに手ぶらではまずいよね」
「そうですね。伊丹空港で買いませんか?」
「そうか、空港で買えば良いね。秦さんのお父さんやお母さん。それにお兄さんへのお土産を買わないとね」
「センパイ。そんなに買うんですか?気を使い過ぎじゃないですか?」
「いやいや。そう言うのって意外と大切だと思うんだ」
「センパイは何が良いと思います?」
「秦さん。待って、選ぶの手伝ってくれないの?」
「手伝って欲しいですかぁ~」
「だって、好みじゃないお土産を持っていったら、印象が悪くなるよね?」
「う~ん。どうしようかなぁ~」
秦さん。
何か悪いことを考えてるでしょ?
顔が小悪魔に見えますよ。
「そもそも、私がセンパイを連れて行くだけで印象は悪いと思います」
「何だよそれ」
「大事な娘が男を連れて来るんですよ。それだけでも印象が悪いと思いませんか?」
「やっぱり、そう言うものなの?」
「もしかしたら、お父さん怒りだすかも?」
秦さん。どうしてそこでニヤニヤするの?
「センパイ。どうしますぅ~」
「行くの止めて良い?(笑」
「それ、最悪ですよ」
「そうだよね。実家にお邪魔すると言っておいて、お父さんやお兄さんが怖くて来ませんでしたなんて…笑えないよね」
◆
結果的に、リムジンバスは5分遅延で伊丹空港に到着した。
それにしても、このリムジンバスはかなり便利だ。
空港施設の建物に直結するように降りることが出来る。
「センパイ。先にお土産を買いましょう」
「秦さん待って。お願いがある」
お土産物屋に向かおうとする彼女を、俺は呼び止めた。
「何ですか?センパイ?」
「俺、飛行機に乗るのは始めてなんだ。手続きとか、何をどうしたらよいのか全く何も知らないんだ」
「センパイなら知ってると思ってました」
「それでこそ、お土産を先に買うのが良いかとか、そう言ったことも知らないんだ」
「うんうん。それって教えて欲しいてことですね」
「そう。お願いできる?」
「はい。私のやり方で良ければ?」
「うん。お願いします」
「私の場合は、基本的に荷物は全て預けます。お土産も何もかも預けます。だから先に買いに行きましょう!」
彼女に連れられ、伊丹空港内のお土産物を販売する店に向かう。
お土産物を多く取り揃える店に彼女の案内で入ると、『伊勢名物 赤福』を見つけた。
赤福を見ていると、サンダースさんや若奥様、執事さんとメイドさんを思い出される。
メイドさんが仏壇に供えた赤福は、その後は眼鏡の手に渡った筈だが、どうなったのだろう。
あの一行が持参したものだから、何処で何時購入したか、購入したのはどんな人物だったかなどを詳細に調べたのだろう。
神様と女神様が購入したのだ、実際にはあの二人ではなくメイドさんが購入しているとは思う。
だが、神様が本当に存在していると考えている方々からすれば、神様の容姿を捉える絶好の機会だ。
それに、包み紙から指紋の採取だって可能かも知れない。
あっ!
指紋の採取を考えたら、あの時に出した湯呑み茶碗なんて『国の人』は、正しく欲しがるものだろう。
「センパイ。赤福にします?」
俺が赤福を手にしているのを見て、彼女が話しかけてきた。
「えっ?大丈夫なの赤福でも?」
「父や義叔父さん達は喜びますね」
「へぇ~ ちょっと心配なのは、隠岐の島の空港で買えたりしないよね?」
「……センパイ。隠岐の島をなめないでください」
秦さん。ちょっと言葉が悪いよ。
「隠岐の島の空港には、本土のお土産は売ってないんです」
「なるほど、買い忘れのためのお土産は売ってないんだね」
「はい。むしろ隠岐の島のお土産が多いですね」
地方空港だからだろう。
地元の特産品を扱うのが主体で、買い忘れ用なんて準備していないのも頷ける。
そんな情報を仕入れれたので、安心してお土産を購入して行く。
彼女のお父さんや義叔父さん達のためにも、赤福は購入した。
◆
「次にチェックインをして、荷物も預けちゃうんです」
彼女の後をキャリーバッグを引き連れ、購入したお土産も持ちながらJALのカウンターに向かう。
隠岐の島行きの飛行機に乗る手順や手続きは、全てを彼女に指導してもらった。
彼女は優しく教えてくれた。
JALカウンターのお姉さんも、優しく教えてくれた。
なるほどと理解を深めながら、飛行機に乗るための手順を学んで行く。
その初めての学びの中、荷物を預ける段階で、俺は更に知識を増やした。
キャリーバッグの中に『モバイルバッテリー』の存在を問われたのだ。
モバイルバッテリーが含まれていると、飛行機に乗せられないと言うのだ。
飛行機に乗せられる基準が160Whだと言うが、これってどのぐらいなのだろうと思案した。
「かなり大容量ですよ」
JALカウンターのお姉さんが、笑顔で教えてくれる。
もっとも、キャリーバッグの中にはモバイルバッテリーは入れていないので問題にはならなかった。
だが、ノートパソコン専用バッグの段階で俺は考えてしまった。
これって預けて大丈夫だろうか?
「ご心配であれば、手荷物で機内持ち込みをお勧めします」
JALカウンターのお姉さんが、優しく教えてくれる。
「変なことを聞いて良いですか?」
「はい。何でしょう?」
「お姉さんはノートパソコンを預け入れたことってあります?」
「私は手荷物で機内持ち込みにします」
「ありがとう。これは機内持ち込みにします」
やはり経験者の知識に従おう。
「では、キャリーバッグはこのままで。お土産物が入った袋はガムテープで口を閉じますね」
JALカウンターのお姉さんは、テキパキと作業を進めて行った。