13-1 炊飯器
雨音がする朝を迎えた。
ダブルクイーンサイズのベッドは広くて良い。
彼女を起こさないように、ベッドから抜け出してトイレを済ませる。
今日はUSJだと騒いでいた彼女は、まだ寝ている。
ならば俺も寝ていて大丈夫だろうと、彼女の可愛らしい寝顔を確認してから二度寝する。
◆
「センパイ。起きてください。」
既に着替えを終えた彼女に、二度寝から起こされた。
「SPAで体を清めてから食事してUSJです。」
秦さん。さっきまで寝てなかった?
彼女の準備した衣装に着替えて、朝風呂を楽しみビュッフェレストランに向かう。
彼女はトーストを中心にサラダとハムエッグの洋食、俺は味噌汁と焼鮭に漬物の和食にした。
「秦さんは普段も朝は洋食なの?」
「ここ半年は5分でも長く寝たくて朝食は抜いてました。」
言われてみれば、俺も同じだった。
佐々木さんがいた頃は、炊飯器を使っていた記憶がある。
「俺も同じだな、前は米を炊いてたけど…」
「センパイもですか?私なんて実家に米を頼むのを忘れるぐらい炊いてないです。」
なるほど、実家から米を送って貰ってるんだね。
「鈴木さんと田中君は引っ越して炊飯器の購入に悩んでるそうです。」
「??」
「この間、鈴木さんが炊飯器のカタログを見てて、聞いたら引っ越した時に二人共に炊飯器は捨てたそうです。」
「……」
「センパイ。まだ寝ぼけてます?」
「いや、何となく理解してきた。」
俺の住むアパートにある炊飯器は、大学進学で揃えたものだ。
既に10年選手だが問題なく炊けている。ここ半年は動かしてないが…
鈴木さんと田中君は同棲する際に、互いの炊飯器を捨てた。
この半年の忙しさで米も炊けず、炊飯器の購入に踏み切れなかったのだろう。
「じゃあ、二人の結婚祝いに炊飯器はどうかな?」
「いや、それまでに買うと思いますよ。」
そんな会話をしていると、小野山コンシェルジュが席に寄ってきた。
「門守様、秦様、おはようございます。」
「「おはようございます。」」
「本日のご予定を確認して良いでしょうか?」
そう聞かれて、彼女はざっくりとだが予定を伝え始めた。
USJに朝から出向き、夜のパレードを見てから宿に戻る。
その後はSPAを堪能して就寝すると言う。
彼女の意向に従えば、宿に戻って来るのは遅い時間になりそうだ。
「SPAは23:30までを目処にご利用いただけますが、御夕食が難しそうですので、お夜食を準備しますか?」
なるほど、小野山コンシェルジュの気遣いがありがたい。
「ありがとうございます。サンドイッチか何かを頼めますか?」
「それでは準備させていただきます。本日のチケットはフロントに準備しておりますのでご利用ください。」
「何から何まで、「ありがとうございます。」」
小野山コンシェルジュは笑顔で去っていった。
◆
部屋に戻り身支度を整える。
彼女はバッチリ化粧を済ませて、綺麗さが増している。
フロントに向かうと今井コンシェルジュリーダーが声をかけてきた。
「こちらがチケットになります。送迎バスが…15分後に出ますのでご利用ください。」
今井コンシェルジュリーダーからチケットを受け取り彼女に渡す。
「それとスイートルームご利用のお客様には、無料で雨具をご用意しております。お使いになりますか?」
そういって傘とビニール袋に折り畳んで入れらたカッパを差し出された。
「秦さん。どうする?」
「この雨、午後には止みそうなんです。カッパだと荷物になるし、傘だと忘れそうで…」
「ご安心ください。お忘れになっても当ホテルのロゴ入りですので回収がなされます。回収後は機能確認をして消毒され、後のお客様へ貸し出されます。」
そういって今井コンシェルジュリーダーは手元に持っていた傘を軽く広げる。
黄色地に黒系の細かいドット柄で、ホテルのロゴとUSJの文字が入っている。
なかなか面白いデザインの品だ。
廃棄品にならないプロセスまで準備している点も気に入った。
「秦さん。傘にしないか?」
「一緒に入ります?」
秦さん。ドキッとすること言わないで。
結局、俺の意向で傘を借りることにした。
送迎バスには家族連れも多く、皆が同じような傘を持っていたり、カッパが折り畳まれたビニール袋を持っている。
「おねえさんと おなじかさだね。」
彼女は愛らしい幼子に声をかけられ、にこやかに談笑している。
幼子の傘を見れば、大人用の傘と同じデザインを子供用に小さくしたものであった。