12-20 寝るだけ
まずは着替えろと言われ、某アパレルショップで新たに購入した衣装に身を包む。
勿論、どれとどれを組み合わせて着るかは彼女の選択に従う。
「あの店での組み合わせだけど、恥ずかしくない仕上がりね。」
着替え終わった俺を見て、彼女は満足気だ。
一方、俺のキャリーバッグの中身は、全ての普段着が宅配便で実家に送られることになった。
衣服の振り分けを終わらせ、宅配便の段ボールに詰めて行く。
ここまで着ていたスーツは、彼女の助言で皺になりにくい畳み方をしてキャリーバッグに納めた。
「まるで衣替えだな(笑」
「これからセンパイの衣服は、私が担当します。このキャリーバッグの中身があれば、相応の格好をさせることが出来ます。」
秦さん。俺の格好はそんなにダメだったかな?
「センパイの普段の装いは、キャリーバッグの中身で想像できました。かなり最悪です。でも、これからは安心してください。私が面倒を見ますので。」
はい。全てをお任せします。
ここで何かを言っても終わらないと思い、今後の衣服は全て彼女に任せることにした。
一方の彼女は、サテンパンツにネックラインが開いた女性らしさを感じさせるシンプルなカットソー。
彼女の美しさが滲み出る装いだ。
この後は、彼女の希望で宅配便の発送を依頼してからSPA施設を利用する。
その後に夕食を楽しもうと言うものだった。
内線で小野山コンシェルジュにその旨を改めて伝えると、荷物係を連れて部屋にやってきた。
リビングで宅配便の伝票に記入すると、荷物係は丁寧に伝票を貼り付ける。
小野山コンシェルジュと二~三言葉を交わした荷物係は、衣服の詰まった宅配便の段ボールを抱えて部屋を出て行く。
一方、残った小野山コンシェルジュからは、SPA施設利用に際して着替えの下着類を持てるようにと、ホテルのロゴの入ったエコバッグのようなものを渡された。
彼女と一緒に替えの下着類を準備していると、エコバックを見ながら彼女がつぶやく。
「ここまで準備するとは、彼女のコンシェルジュセンスも良いわね。」
秦さん。その言葉に対抗心を感じてしまいます。
着替えの準備ができたところで、小野山コンシェルジュを先頭に3人でホテル自慢のSPA施設に向かう。
1時間後に落ち合う話をして、小野山コンシェルジュはビュッフェレストランの席の確保に向かい、俺と彼女はそれぞれ男性用と女性用に別れた。
さすがはホテル自慢のSPA施設だ。
サウナ施設もあり、汗を流して大きな湯舟に浸かる。
サウナと湯舟の往復を2度程繰り返せば、湯上りビールを欲しがる体に仕上がった。
汗が出ない程度に体を冷まし、約束の時間にSPA施設のエントランスに行けば、彼女は小野山コンシェルジュと談笑していた。
「小野山コンシェルジュの着替え用のバッグの用意をするところなんて、細かい心遣いで助かります。」
「いえいえ、上司の今井の教育のおかげです。『自分が便利だと思ったら、躊躇わずにお客様にも用意しろ。』そう毎日、教えを受けたおかげです。」
なるほど、そうした気持ちや考えに心遣いを感じるんだ。勉強になります。
小野山コンシェルジュの案内でビュッフェレストランに向かうと、スイートルーム利用者の席に案内された。
「こちらの席ではスイートルーム利用者専属の給仕がおります。自分で料理を選ばずとも給仕に頼めます。それでは当ホテル自慢の料理を堪能ください。」
小野山コンシェルジュは給仕係を紹介して下がって行く。
紹介された給仕係さんに問いかけられる。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「まずはビールを頼めますか?」
「グラスとジョッキのどちらになさいますか?」
「中ジョッキでお願いします。」
「はい。直ぐに御用意します。」
彼女が給仕係さんに頼むと、枝豆が添えられてビールが運ばれてくる。
「枝豆まで準備して頂き、ありがとうございます。」
「他にご希望のお食事をお持ちしますが?」
「ありがとうございます。ちょっと自分でも見たいので…」
「はい。」
そう言った給仕係さんは所定の位置に戻り、各席の様子を見ながら声が掛かるのを待っている。
こうした給仕係さんにまで、教育が施されているんだと感心させられる。
このホテルは悪くない。むしろ誉めたいぐらいだ。
ビールを飲み干し、彼女の希望で赤ワインをグラスで頼む。
赤ワインが届くまで、取り皿片手にビュッフェスタイルの料理を拝見する。
サラダバーは当然のように準備されていて、温野菜を自分で作れるコーナーまである。
肉料理は牛の赤ワイン煮込みから定番のローストビーフ、チキンソテー、ポークソテーと牛鳥豚の全てが揃っている上に、その場でカッティングしてくれるスタイルだ。
魚料理も同様で、刺身から白身魚のムニエル、和風のアジの開きや鯖の塩焼きまである。
炭水化物は、白米、パン、パスタ、パエリア、蕎麦、うどん、かなりの品揃えだ。
中華料理を意識したエビチリ、春巻、棒々鶏から北京ダッグ、蒸したての焼売や小籠包まである。
面白かったのは天婦羅だ。
揚げたてを食べれるよう注文を受けてから、その場で揚げてくれるのだ。
気になる料理を一切れから二切れ頂戴してテーブルに戻り、赤ワインと共に食せば何とも贅沢な気分だ。
彼女も酔いが回ってきたのか、白い肌が紅く染まり上機嫌になってきた。
もう少し食べたいと食欲旺盛な彼女に付き添い、ビュッフェ料理の中を三度目の散歩に繰り出すと、
「センパイ。お寿司も食べたいです。」
「おいおい、もう皿に乗らないぞ。」
「お寿司~」
「~はいはい。取りましたから、一旦、席に戻りましょう。」
「よし、1順目はこれで勘弁してやるかぁ~」
秦さん。既に3順目なんですが…
3順目を終えて席に戻ると、ビールに枝豆を添えて持ってきてくれた給仕係さんが話しかけてきた。
「小野山より伝言を預かっております。」
そう告げて1枚のメモ書きを渡してきた。
┃お部屋にハーフサイズのシャンパンを御用意しました。
┃朝食もビュッフェ形式で7時から提供可能です。
┃変更が必要であれば給仕係に申し付けください。
「ありがとう。このとおりでお願いします。」
俺は小野山コンシェルジュのプランに従うと給仕係さんに伝える。
SPAでサウナと湯舟を堪能し、ビュッフェレストランでお酒を飲みながら和洋中の料理も堪能した。
ほろ酔いで彼女と共に部屋に戻り、大切なことに気がついた。
ベッドが一つなのだ。
「センパイ。一緒に寝ますよね(ハート」
秦さん。潤んだ瞳で見つめないで。
その気になっちゃうから。
「秦さん。寝るだけだよ。」
「……」
「変なことしないでね。」
「するに決まってます!まずはシャンパンです!」
秦さん、まだ飲むのね…