12-18 車中
電話をして、こちらの現在地を伝えると待ち合わせ場所を指定された。
指定された場所へは、雨に濡れずに済む場所で助かった。
待ち合わせ場所では黒のアルファ○ドが待ち構えており、スーツを着た男性が車外を見回している。
スーツを着た男性は、俺と彼女を見つけたらしく小走りに近寄ってきて話しかけて来た。
「門守様でしょうか?」
「はい。門守です。」
見知らぬ人に名前を呼ばれるのは慣れない。
「お電話を頂いたホテルの者です。お車へどうぞ。荷物をお預かりしてよいでしょうか。」
そう言う手は既に荷物に延びてます。
黒のアルファ○ドに荷物が乗ると、迎えに来たスーツな男性が問いかけてくる。
「すいませんが、1本だけ電話をさせてください。」
そう言って、俺と彼女と運転手を残して車外で電話をしている。
「はい。男性1名…女性1名の計2名……」
「荷物はキャリーバック中型2個…買物袋。サイズ的に見てキャリーバック中型3個……」
「わかりました。重々、失礼の無きよう対応します。」
「他で…か?ええ、5分前……2台……た。」
何か、電話の声が漏れ聞こえる。
迎えに来たスーツの男性が、電話を終えて乗り込んできた。
「それではホテルに案内させていただきます。」
スーツな男性が合図すると、運転手が車を発進させた。
俺は気になることがあり聞いてみる。
「随分、早かったですね。」
「はい、午前中に連絡を頂き直ぐに手配をさせていただきました。」
う~ん。ちょっと会話の軸がズレている気がするが指摘しない。
送迎するにも車を手配するにも、俺が電話連絡してから、ここまでの時間が早過ぎる。
車への乗車は眼鏡の手配した黒塗りの車と同じで、俺と彼女は後部座席になった。
違ったのは、助手席に座ったスーツの男性が話しかけて来る事だ。
「大阪はいかがですか?」
「今日は生憎の雨で…」
「晴れていれば夜景が綺麗です…」
「GWで道が混んでしまって…」
曖昧な返事で済むので助かった。
「大阪には何度目ですか?」
「「……」」
こちらの情報を知りたがる詮索ぎみの言葉になって、俺は答えるのをやめた。
彼女も察したのか一緒に黙る。
しばしの沈黙を得られたのは幸いだった。
◆
「見えてきました。まもなく到着します。お買い物も済まされたようですが、別途、必要なものがあれば何なりと申し付けください。」
「明日、USJに行きたいんですけど?」
彼女が遠慮せずに答える。
「はい。直ぐに手配します。」
迎えに来た車は、ホテルの正面玄関に横付けされた。
直ぐに助手席のスーツが降り、後部座席のドアが開かれると、目の前に4名のお迎えがいた。
ダブルのスーツを着た年配の男性。
制服のようなスーツを着た同年代らしき女性。
同じく制服のようなスーツを着た若そうな女性。
最後の男性は荷物係の男性だった。
「本日は私共のホテルを選んで頂き、誠にありがとうございます。まずは御挨拶をさせて頂きたく別室にご案内させていただきます。」
その言葉に従い、ダブルスーツを先頭に彼女と並んでドナドナされて行く。
案内された応接室では、ウェルカムドリンクとしてシャンパンを出されイチゴまで添えられていた。
「ホテル支配人を任されております、太田といいます。」
「門守といいます。本日と明日、お世話になります。」
「秦といいます。よろしくお願いします。」
俺と彼女が並んで座り、対面には支配人と名乗った太田さんと制服のようなスーツを着た同年代らしき女性が並んで座っている。
若い女性は立ったままだ。
「こちらの女性がコンシェルジュリーダーの今井です。」
「今井と申します。よろしくお願いします。」
太田支配人の紹介を受けて、我々の向かい側に座していた今井さんが挨拶する。
「そして彼女が門守様と秦様の担当コンシェルジュの小野山です。」
「小野山といいます。よろしくお願いします。」
立ったままの小野山さんが、深いお辞儀で挨拶する。
挨拶を済ませたところで、俺は眼鏡から預かった赤の封蝋で閉じられた白封筒を思い出した。
「キャリーバックに着けたウエストポーチに、お渡しするものが入っているんですが…」
俺の言葉を聞いた途端に、小野山さんが動いた。
「至急、こちらにお持ちします。しばらくお待ちください。」
小野山さんがダッシュで部屋を出ていった。
なかなか行動的だな。
と感じているとコンシェルジュリーダーの今井さんが口を開いた。
「まだ若いので落ち着きはありませんが、行動力はあります。長い目で見てください。」
なるほど、そう言った視線もあるんですね。
支配人の太田さんが口を開いた。
「この後、彼女が戻り次第、お部屋にご案内させていただきます。」
しばし、3人で静かな時間が訪れる。
この二人(太田支配人と今井コンシェルジュリーダー)は、車中のスーツな男性と違って、我々二人へ詮索するような言葉は出してこない。
こうした立場になると、世間話でも気が使えるようになるんだと勉強させられる。
それにしても、『国の人』な眼鏡の影響力は凄いものだと感じる。
俺や彼女のような一般市民に、ホテルからここまでのサービス(おもてなし)を提供させる力に凄味がある。
きっと『国の人』であることを最大限に活用して、ホテルなどの一般企業に何らかのアプローチをしているのだろう。
もっともそうしたアプローチには、何らかの餌も含まれていると思われる。
今回は4つの手配先から選択される。
その選択を受けることで得られるであろう、彼らの利得(餌)が大きいのだろう。
目の前の彼らの判断力も素晴らしい。
今日の午前中に受けたであろう眼鏡からのアプローチ。
それに含まれる餌の大きさを即座に判断し、ここまでの対応を成し遂げる。
普段から行っているサービス(おもてなし)を、いざと言う時に提供出来るか否かは組織が培って来た文化であるとも言えるだろう。
コンコン
そんなことを考えながらシャンパンをいただいていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「失礼します。」
その声と共に、小野山さんと手押しのワゴンを押す荷物係が入ってきた。
ワゴンの上には、俺のウエストポーチが乗せられていた。
「こちらのお荷物で間違いありませんでしょうか?」
「はい。それです。」
俺は席を立ち、ウエストポーチから赤の封蝋で閉じられた白封筒を取り出す。
席に戻り、改めて太田支配人に渡す。
「この場で拝見しても宜しいでしょうか?」
白封筒を受け取った太田支配人の言葉に俺は頷く。
太田支配人は赤の封蝋を開き、中から3つ折りの紙を取り出し、2度ほど目線が文書を読んだのが伺える。
「改めて門守様と秦様に御礼を申し上げます。此度の選択に心から感謝を申し上げます。」
その言葉を合図に、今井コンシェルジュリーダーから部屋への案内の申し出がなされた。