12-17 某アパレルショップ
「「「それじゃあ、お疲れ様です。」」」
懐かしい言葉が素直に出た。
佐々木さん(元課長)がいた頃は、鈴木さんや田中君と交わした言葉だ。
定時になれば、皆でこの言葉を交わして帰宅していたのが思い出される。
そんな懐かしい言葉を掛け合い、佐々木さん(元課長)とはアスカラ・セグレ社の無人エントランスで別れた。
結果的に、眼鏡から受け取ったメモに書かれていた全てのホテルへの行き方を、佐々木さん(元課長)から聞き出した。
二人でエレベーターに乗ると、彼女が作戦会議をしたいと言い出したので、キャリーバッグを持って入れるカフェに向かった。
「どのホテルも良さそうで迷います。」
「眼鏡が予約してるみたいだから、何処でも良いと思うんだ。」
彼女は4つのホテルをスマホで調べ悩んでいる。
彼女の手元のメモを眺めて思った。
1件だけなら選択もなく決まる。
2件なら希望を優先して決めれる。
3件だと迷うが希望優先。
4件だと…自分の希望に迷いが生じる。
今回の宿選び。当初は自分の希望は無いに等しかった。
希望らしきものがあるとすれば、隠岐の島行きの飛行機に搭乗するまでの2泊。
これをどうするかが課題な状態だった。
漫画喫茶への宿泊も考えるほどだ。
バーチャんの言ったラブホも選択肢と言えば選択肢だが…
次に出てきた希望は、彼女が俺とUSJで過ごしたいと言うものだ。
USJに近いところ、USJを楽しむのに便利そうなのはどこか、この段階になると既に当初抱えていた課題が消えている。
課題解決⇒希望優先⇒選択肢過多
こうした状態に陥ると、人は混乱から抜け出すため他力本願になることがある。
「センパイ、希望はありますか? 」
はい、彼女もそんな状態です。
「秦さんに任せるよ。」
俺も人任せで、意見できる立場じゃないな(笑
「う~ん。」
「決まらないなら…」
「決まらないなら?何ですか?」
「漫画喫茶かラブホにするか?(笑」
「……センパイ。ボケになってません。」
「す、すいません…」
秦さん、顔が怖いです。
彼女の悩みを少しでも軽くしようと思ったが、こうした発言は逆効果だと反省した。
「この後は、宿に泊まるだけだよね?」
「あっ、忘れてた!」
「何かあるの?」
「センパイ、お婆ちゃんから預かってますよね?」
ギクッ
なぜかスーツの内ポケットが急に重く感じた。
「な、何のこと?」
「お婆ちゃんから言われたんです。二郎に預けたから面倒見てくれって。」
バーチャん。彼女に何を言ったの?
「お婆ちゃんがネクタイのお礼を言ってきて、私、誉められたんです。センスが良いって。」
「……」
「『二郎は服のセンスが悪いで見立ててやってくれ。』ってね。」
「……」
「『お前さんの実家へ行くのに恥をかかんよう頼む』とも言われました。」
「……」
「『金は二郎に預けたで心配せんと頼む』、だそうです(ニッコリ」
秦さん、笑顔で手を出さないで。
その手の出し方は、銀行強盗に見えちゃうよ…
◆
はい。やって来ました某アパレルショップ。
ジャケット1枚
ボトムス(ズボン)2本
Tシャツ6枚
ボタンダウンシャツ1枚
スウェット1組
わずか45分の滞在で「買わされ」ました。
靴やベルトを選んだ時にも思ったが、彼女は買い物で迷うという言葉を知らないのだろうか?
パッと見てパッと選ぶ。
『着てみて』の言葉に従う。
『サイズはある?無い?』
『もう少し明るい色』
『これで良い』
これを繰り返すだけで決まって行く。
俺は、試着室から離れる必要もなく決まって行く。
〉私うるさいですよ。
〉兄と父の服とか靴を選ぶのは私
昨日の彼女の言葉からすれば、彼女の兄の『進一』さんや父親も、試着室から離れられない経験があるのだろう。
支払いは彼女に任せた。
スーツの内ポケットは茶封筒ごと彼女が預かってくれた。
考えてみれば、飛行機の予約も彼女の名義だし、明後日にお世話になるのは彼女の実家だ。
もう考えない。
俺の夏のボーナスを越える金額でも、彼女に任せよう。
そう決めた俺でした。
彼女も決めたことがある。
俺が試着をしている最中に、彼女と店員さんが宿の話をする声が聞こえたのだ。
レジを済ませた時には既に決めたようで、キャリーバッグと買い込んだ服を持ち店を出る。
「宿は決めた?」
「決めました。この横の番号って電話番号ですよね?」
そう言って彼女が眼鏡から受け取ったメモを見せられた。
メモには彼女が決めた証として、◎が着けられている。
ホテル名の横に書かれた番号に電話すると、実に丁寧な応対をされた。
しかも送迎車を出すというのだ。
さすがは眼鏡の手配した宿だ。
いや、眼鏡の手配に抜かりがないからだろう。