12-15 Saikas
「じゃあ、好きな飲み物を持って、そこの談話スペースで座って話そう。」
トイレから戻ってきた俺と彼女に、佐々木さん(元課長)は座って話そうと進めてくれた。
大きな窓際のテーブルには、丁度、3脚の椅子が置かれていた。
窓から見える外では、早目の街灯が灯り始めている。
日没前だが雨空で早目に暗くなり、自動で灯ったのだろう。
それから佐々木さん(元課長)は、『Saikas(自社製品)』の話を始めた。
あの製品は、佐々木さん(元課長)が大学時代に作ったものが基礎になっているそうだ。
大学の後も大学院に進み、そこでも改修を重ねた。
大学院生時代の最後の年は、就活と製品化を組み合わせての売り込みに励んだそうだ。
結果的に我社に就職して、我社で製品化を成し遂げたと言う。
製品化の次は販売にも力を発揮した。
彼女から貰った資料に書かれていた導入事例、その全てへ販売を成功したそうだ。
そこまで話を聞いて、秦さんが追い付いているかも確認するために聞いてみた。
「佐々木さん聞いて良いですか?」
「いいよ。何が知りたい?」
「秦さんを、お客様提案に同行したことがありますよね?」
彼女を見れば、うんうんと頷いている。
「ああ、その件だよ。門に関わる日記と最初に接触したのは。あの時は秦さんに悪いことをしたね。」
「最初だけ同行して、後は一緒に行けませんでした。」
秦さん。その時に眼鏡と遭遇したんだね。
「すまん。本当に悪かった。あの後でお客様からちょっと言われてしまって…」
俺はその言葉で察することができた。
彼女と目線を合わせて軽く頷く。
「話を戻しても良いかな、秦さんも門守さんも着いて来れてるよね?」
「はい。「大丈夫です。」」
少しハモりがぶれたね。
その後は、佐々木さん(元課長)の退社に繋がる話だった。
「その後、アスカラ・セグレ社から『翻訳コア』の提案を受けたんだよ。」
遂にアスカラ・セグレ社の名前が出てきた。
このアスカラ・セグレ社からの『翻訳コア』提案に際して、佐々木さん(元課長)は社内プロジェクトの実行を稟議に掛けたそうだ。
当時のSaikasと、アスカラ・セグレ社が提案する『翻訳コア』を組み合わせる。
これにより、Saikasに登録された文書が自動で翻訳されて行くというのだ。
俺は、そこで実家の日記の翻訳に思いを馳せた。
あの大量の日記の翻訳は、アスカラ・セグレ社から提供された『翻訳コア』が実行していたんだ。
稟議として出した社内プロジェクトは、結果的に役員会で却下された。
決議を決めた役員会では、多数の却下票、賛成票1、白紙票2だと言う。
賛成票を投じたのは、元部長。
佐々木さん(元課長)と共に去年の7月に会社を去った元部長だ。
白紙票の1票は現在の部長。
Saikasの資料を削除した部長だ。
もう1票の白紙票は会長。
フランス系外資からの買収に対抗するため、米国の財団に泣きついた今の会長だと言う。
「実は、この付近から会社とギクシャクしたんだよ。」
佐々木さん(元課長)は懐かしむように喋るが、どこか残念そうな感じだ。
その後、佐々木さん(元課長)は社外の会社を使ってアスカラ・セグレ社から提案された『翻訳コア』と『Saikas』の組み合わせを成功させた。
この成功により『Saikas』の売上げは再度延びる。
だが、組み合わせの社内プロジェクトに反対した役員からの妬みも伸びた。
次第にあらぬ疑いや、嫌がらせを受けるようになった。
アスカラ・セグレ社は『翻訳コア』の調整を兼ねて、度々、課長に接触し始め当時の部長にも接触してきた。
そして接触の都度、アスカラ・セグレ社への転職が打診されたそうだ。
最終的に転職のきっかけになったのは、『Saikas』の特許権を会社が要求してきたことだと言う。
佐々木さん(元課長)は、大学院時代から特許権を有していたが渡さなかった。
最終的に法廷闘争に至り、佐々木さん(元課長)は勝訴した。
だが、この法廷闘争で佐々木さん(元課長)は会社に見切りを付けた。
そして、元部長と共にアスカラ・セグレ社に転職したそうだ。
◆
「じゃあ課長は特許権で勝利したんですね?」
「ああ、勝ったよ。」
「センパイ、私は部長が消した理由がわかりました。」
「俺も理解できたよ。もう会社で扱えないんだな。」
「俺が退職して1年が猶予期間で7月が期限だから…会社として対応してるんだな。安心したよ。」
俺と彼女は部長がファイルサーバーから資料を消し、メールからも削除した件が理解できた。
俺はもうひとつ、佐々木さん(元課長)と一緒にアスカラ・セグレ社に転職した部長が気になり聞いてみる。
「佐々木さん。部長もアスカラ・セグレ社に転職したんですか?」
「ああ、今は工場の総務をしてるよ。」
「あの部長が工場で総務ですか?」
「そうだよ。部長も年齢的に来年に定年だから、のんびりしたいみたいだよ(笑」
なるほど、そうした生き方もあるんだ。