12-11 身分証明
「秦さん。ちょっと待って。身分証も意味がないかも。」
反論に反論を重ねても進まない。
それに身分証明なんて、偽造しようと思えば偽造できると聞く。
偽造に要する費用と、偽造で得られる利益。この二つのバランスだ。
「話し合いをしましょう。」
「「「……」」」
俺の提案を3名は黙って聞いてくれるようだ。
「相手を信用するかどうかは、各人が判断することです。わかりますか?」
「そりゃそうや。」
「そうですね。」
「なるほど。」
「秦さん。あなたはこの二人を本物だと信用するには何が必要ですか?」
「う~ん。う~ん。」
彼女には、暫く悩んで貰おう。
「マリコさん…と呼びますね。マリコさん、どうすれば我々が本物だと認めますか?」
「その準備はできています。」
「そやそや。呼ぶか?」
準備ができている?
二人は自信ありげだ。
まずは相手の手の内を見てからでも良いだろう。
「秦さん。先方は自分を証明する手段があるそうだ。まずはそれを確認しよう。」
「センパイ。それで良いです。」
「ほな、マリコはん。呼んでくれるか?」
エリック(仮)さんの言葉を受けて、マリコさんが会議机の中央に置かれた装置のボタンを押した。
「佐々木さん。来れますか?」
「「佐々木?」」
俺は彼女と顔を見合わせた。
二人に共通する「佐々木」は思い付く限り1名しかいない。
『はい。今、行きます。』
マリコさんが操作した装置から、懐かしい声が聞こえた。
「センパイ。佐々木って…」
「ああ、俺も秦さんと同じ人を考えてる。」
目の前ではエリック(仮)さんとマリコさんが笑顔だ。
仕掛けが成功した気分なんだろう。
ガチャリ
俺と彼女が入ってきた扉が開き、元課長=佐々木さんが入ってきた。
「よぉ。二人とも元気そうだな。」
「課長!」
秦さん。喜びの声が大きいよ。
元課長の佐々木さん。笑顔が相変わらずです。
「佐々木はん。私達の紹介を頼めんか?」
「はい。それが今日の私の使命の一つです。」
そう言って佐々木さん(元課長)が紹介を始めた。
「まずは、こちらのトム・クル○ズに似てるのが、Eric G.Segre さん。」
「改めて挨拶するで、浪速のトム・クル○ズ。エリックと呼んだって。」
エリックさん、ノリツッコミですか?
右手を出され握手を求められ、条件反射のように握手してしまった。
「次が、浪速の菜○緒こと、エリックさんの奥様で日本法人社長のマリコさん。」
「はじめまして。マリコです。」
これまた握手を求められ、無条件で応じてしまった。
隣に立つ彼女も、チラチラと俺や佐々木さん(元課長)の顔を見ながら握手に応じている。
「門守君と秦さんの紹介はどうします。」
「ワシは要らんで。」
「この二人が佐々木さんを見る顔で本物だとわかりますね。」
「「……」」
この3人、悪戯好きなのか?
「ほな、本題や。」
エリックさんの言葉で俺と彼女は再起動した。
「ちょっと待ってください。まだ疑問があります。」
「なんじゃ?まだあるんかい?」
「直ぐに済みます。さっきの私からの質問に返事がないです。」
「ああ、あの質問ね。」
「マリコはん、何のことやワイだけ仲間外れか?教えてぇなぁ~」
「どうしてお二人が秦さんのお兄さんの名前を知ってるんですか?」
「そ、そうです。私も気になります。」
俺は先程のエリック(偽物)が、彼女の兄である『進一』さんの名前を出した際に違和感を覚えた。
エリック・セグレさんは幼少時に礼子母さんと面識がある。
それにバーチャんはエリックさんに電話するとも言った。
その言葉からすれば、『淡路陵の門』についてはエリックさんとの接点も理解できる。
けれども、『隠岐の島の門』の当代である『進一』さんとの接点が見えてこないのだ。
彼女も『気になります。』と言うほどだ。どんな接点があるんだ?
「「『Saikas』絡みの件ですね。」」
マリコさんと佐々木さん(元課長)さんの声がハモる。
「センパイ、『Saikas』って自社製品の事ですよね?」
「そうだけど……」
彼女が確認してきた。
『Saikas』=自社製品である。
だが、今一つ、『隠岐の島の門』の当代である『進一』さんとの繋がりが見えてこない。
「門守さんなら、想像つくと思ったけど?」
マリコさんの言い回しが挑発的だ。
「門守君は使ってるんだろ?」
佐々木さん(元課長)さんの突っ込んだ言葉に返事ができない。
「桂子さんはヘビーユーザーですね。」
「進一さんも使ってるのよ。これでわかるわよね?」
「あ、兄も使ってるんですか?!」
秦さんが驚いている。
彼女が知らない内に、進一さんが使っていたと言うことだ。
バーチャんの名前『桂子』が出てきた。
ヘビーユーザーだと言うことは、あの翻訳の監修で使っているPadの事だよな。
だが、彼女の兄の進一さんが自社製品(Saikas)のユーザーで、バーチャんがヘビーユーザーだと言うだけでも繋がりを感じる。
それでも思考を巡らせながら、皆の話を聞いていると脳の中央から前頭葉にかけて熱くなるのを感じる。
もう少し。もう少しで全部が繋がる気がする。