12-8 須磨駅
「センパイ。凄いですね。」
「ああ、凄い。」
彼女と二人で駅のホームに立ち、そこから見える景色に驚いた。
目の前には駅のホームが見える
ホームの先には電車の線路が見える。
線路の先には砂浜が見える。
砂浜の先には海が見える。
駅のホームから、海が見え砂浜が見えるのだ。
そう言えば、須磨駅は駅のホームから砂浜が見える駅として有名な所だった。
駅の南側は、年間20万人以上が利用する須磨海水浴場だという。
仕事と荷物がなければ、彼女の手を取り砂浜を一緒に歩いてみたくなる。
天気が良ければ……
今朝から曇っていたが、今日のアスカラ・セグレ社訪問が終わる頃には降り出しそうな雲行きだ。
須磨駅から大阪へ向かう電車には、無事に乗り込めた。
電車に乗ると直ぐに彼女がスマホで調べ直し、神戸駅で乗り換えれば大阪には15:13の予定と判明した。
これなら、15:30の訪問時刻に間に合いそうだ。
と、思っていたら神戸駅に着いた。
おいおい。
さっき砂浜が見えた須磨駅は、神戸駅からわずか10分程度とは驚いた。
阪神淡路大震災で被害を受け、今は復興を果たしている神戸。
そこから電車でわずか10分の距離に、ホームから砂浜が見え海が見える駅があるのか。
神戸駅での大阪へ向かう乗り換え。
これも問題なく乗り換えることが出来た。
ひとまずは安心できそうだ。
「秦さん。急な乗り換えを調べてくれてありがとう。本当に助かるよ。」
「センパイ。安心しちゃダメです。まだ大阪駅が残ってます。」
彼女に言われて、そのとおりだと思った。
俺は大阪駅には不慣れだ。
今迄で降り立ったのは2回。
いや、今日が2回目じゃないか?
ましてや駅から出るのなんて、人生で始めてだろう。
そんな俺の隣で、彼女はさっきから凄い勢いでスマホを操作している。
「秦さん。大阪駅に詳しい?」
「ムリです。現在調査中です。」
はいはい。眉間によってる皺も可愛いです。
◆
「センパイ。これが限界です。」
「このとおりに行ってみよう。」
彼女が見せてくれたblog記事に従って進んでみる。
blogには、こう書かれている。
1.3Fに上がるエスカレーターに乗る。
2.連絡橋口改札を出る。
3.改札を出て右側(北方向)へ行く。
4.通路の端まで行き2Fに降りる。
5.前方の外に『グランフロント大阪』が見える。
彼女と二人でキャリーバッグを引きながら、訪問先のアスカラ・セグレ社がある『グランフロント大阪』を探す。
周囲には、俺たち同様にキャリーバッグを引く方々が何名もいる。
GWの大阪駅なら、当然の風景だろう。
「センパイ。あのビルだと思います。」
「あれだね。blogの画像とも同じだ。」
同じだと言ったが、blogの方は青空に映える画像だ。
一方、目の前の空は暗く曇り、ついにはポツポツと降りだしている。
アスカラ・セグレ社が入居する『グランフロント大阪』を、ついに視界に捉えた。
時計を見れば15:22だ。
約束の15:30には間に合うだろう。
彼女と顔を見合せ、苦難を乗りきった幸せを噛み締めた。
◆
「受付が不在ですね。」
アスカラ・セグレ社の受付がある18Fへエレベーターで上がると、そこは無人のエントランスだった。
彼女は受付が不在だと言っているが、これは無人受付なのだろう。
大きめの液晶パネルを備えたビジネスフォンがあるだけ。
エントランスの壁面には、『アスカラ・セグレ(Asukara Segre)』の大きなロゴが配されている。
GWと言うこともあり、エントランスには俺と彼女の二人だけだ。
俺と彼女でキャリーバッグを引く姿を、新婚旅行のようだとバーチャんや眼鏡に言われた。
そんな二人が、オフィスビルの中で無人受付のエントランスに立つ姿は場違いな感じもある。
大阪へ向かう電車や、神戸駅での乗り換え、そしてアスカラ・セグレ社の入居する『グランフロント大阪』を探し歩いた大阪駅では、そんな姿に違和感は無かった。
同じ様にキャリーバッグ持つ人々を多く見ていた為に、目が慣れていたのかも知れない。
俺は場違いな感じを抱きつつも、無人受付のビジネスフォンの受話器を取る。
大きめの液晶画面に、時刻とローマ字?いや、英字で名前らしきものが書かれた一覧が表示される。
なるほど、これは来訪時刻とアスカラ・セグレ社側の担当者が一覧表示されているのだ。
受話器を持ったままで来訪担当者の一覧表から、『Eric G.Segre』の名前を探す。
【15:30】【 Eric G.Segre】
の表示を見つけたので指先でタッチすると表示が反転する。
プルルル
手に持った受話器からは呼び出し音が聞こえてきた。
ガチャリ
「Hello.」
しまった!
ここアスカラ・セグレ社は米国の外資系企業。
しかもエリック氏はアメリカ人。
英語で会話するのは当たり前だ。