12-7 渋滞
隣に座る彼女がウトウトし始めた。
秦さん。寝顔も可愛いよ。
お昼御飯を食べ、乗り心地の良い静かな車内。
眠くなるのは当たり前だよね。
そんな彼女の隣に座る俺は、GWでの渋滞が気になって目が冴えていた。
眼鏡は、15:00に大阪に間に合うと言っていたが、俺は神戸と大阪での渋滞が気になっていた。
気にはなっていたが、口にするのを今の今まで躊躇っていた。
そもそも、この時間に出発となったのは、大阪へ行くことが決まった際に俺がしらべた旅程が発端だ。
御陵前 11:58
↓
福良
↓
三宮
↓
大阪駅 14:43
あの旅程を調べた際に、気付くべきだった。
GWのこの時期に、神戸三宮へ行くだけでも渋滞に巻き込まれる可能性が高い。
ましてや眼鏡が手配してくれた黒塗りの高級車は、渋滞が予想される神戸三宮を抜けて、更なる渋滞が予想される大阪へ行こうと言うのだ。
眼鏡が口にした
》大阪駅でしたら車で移動して2時間ほどですので、13:00の出発で
を聞いた時点で、俺は疑問を抱くべきだった。
眼鏡は迅速に宿の手配を済ませた。
車の手配までしてきた。
そのことに驚いて、俺は15:30までにアスカラ・セグレ社へ行くと言う本質を見逃していた。
そんな自分が恥ずかしい。
ここで眼鏡に責を課してしまったら、パワハラ課長と同じだ。
丁度、アスカラ・セグレ社訪問が控えているからだろう、土下座謝罪を思い出す。
パワハラ課長が就任し、アスカラ・セグレ社の担当が俺から山田に代わった。
山田は顧客訪問や挨拶訪問を放置し、アスカラ・セグレ社に何もしなかった。
その無礼さが原因で、アスカラ・セグレ社を出禁となった。
山田のアスカラ・セグレ社への無礼を詫びるために、土下座謝罪になった際に課長が難癖をつけて俺に山田との同行を命じた。
》トラブルは聞いていない
》報告は受けたが実態は知らない
》前任者が同行するのが当たり前
我社は顧客を担当したならば、月次営業報告を上司に提出する。
報告を受けた上司は、内容を吟味し、顧客との関係を舵取りする義務を負う。
何よりも、課長職での売上計上の承認。
その妥当性を見極めるためにも、上司への月次報告は重要で、上司は月次報告を丁寧に吟味する責任を負う。
パワハラ課長は、山田から月次報告を受ける都度、問題を見極める機会を活かせなかったのだ。
課長と山田の不正を考えれば、山田が月次報告をしていたかも甚だ(はなはだ)疑問だが…
おっと話がズレ始めている。
今回の旅程も同じだ。
初期の旅程は俺の発案だ。
詳細を詰めたのは眼鏡だ。
俺は全てを眼鏡から報告されていた。
だが、GWでの渋滞を俺は見落とした。
コンコン
外の景色から明石海峡大橋付近と思える頃、車内の前部と後部座席を別けていた半透明の板をノックする音がする。
秦さん。目が覚めたね。
涎を拭こうね。
俺がボタンを操作すると、それまでせり上がっていた半透明な板が降り、眼鏡が話しかけてきた。
「二郎さん。大阪駅に15時到着が困難になってきました。GWの影響で神戸と大阪で渋滞が起きています。」
「何時頃になりそうですか?」
「この渋滞は、ちょっと読めません。」
どうするかと思案すると、眼鏡が提案を述べてきた。
「西明石駅から新幹線。舞子駅から電車を利用すれば15分遅れで大阪に着けます。」
「西明石駅か舞子駅…」
「センパイ。垂水駅か須磨駅にしましょう。」
彼女の見せてきたスマホの画面には、大阪駅15:22到着となっている。
「垂水駅か須磨駅へお願いします。」
「大阪駅までの手配は間に合いませんが良いですか?」
「はい。自力で行きます。」
黒塗りの車は、高速道路を垂水駅、須磨駅方面に向かう。
◆
結果的に、眼鏡がカーナビとスマホの通話で渋滞状況を確認し、運転者さんの経験を含めて須磨駅での乗り換えとなった。
「センパイ。PASMOにチャージしてきます。」
「由美子さんの荷物は私が持ちます。」
「眼鏡さん。ありがとうございます。」
そう言って彼女は切符売場に向かう。
改札前で俺は眼鏡と二人。
「二郎さん。手配しました2名で2泊の大阪での宿です。受付でこちらの封筒を出してください。二郎さんからの貴重な資料提供への御礼として予算は取れております。」
そう言って二つ折りにされて名刺サイズとなったメモ書きと、赤の封蝋で閉じられた白封筒を渡してきた。
俺は眼鏡と特に話すことは無いと考え、黙って受け取った。
眼鏡はポツリと独り言のように呟いた。
「少し桂子さんと距離が開くかも知れません。」
何のことを言ってるんだ?
その時、彼女が戻ってきた。
「センパイ、お待たせ。眼鏡さん、ありがとう。」
「こうして見ると桂子さんの言うとおり、新婚夫婦に見えますね。」
「センパイ。どうします?新婚になります?」
秦さん。嬉しいけど、ちょっと待って。
「二郎さん由美子さん。ご一緒になられる際は、『私へ一番最初に』一報を願います。」
「はい♪」
秦さん。お願いだから、ちょっと待って。
「さあ、電車に乗り遅れます。」
眼鏡の言うとおり、大阪行き電車の発車時刻が迫る。
俺と彼女はキャリーバッグを引きながら改札を越えた。
俺は眼鏡の言葉が気になり振り返れば、笑顔の眼鏡が見送っていた。