12-6 お迎え
いつもの実家の昼御飯を三人で食べた。
12:50に眼鏡が迎えに来ると言うので、いつもより少し早目の昼御飯だ。
もしかしたら彼女は実家のお茶漬けな昼御飯を嫌がるかと思ったが、気にせず一緒に食べてくれた。
「洗い物はワシがするで。二郎と由美子さんは着替え優先じゃ。」
俺と彼女はバーチャんに甘えて、寝泊まりしている部屋と座敷に別れて着替えをする。
俺は、ネクタイと靴を買いに行った時と同じスタイルで、ワイシャツとスーツ。
勿論、ネクタイは彼女にプレゼントされた物、残念ながら今日は自分で締めた。
着替えを終えて仏間に入ると、バーチャんは洗い物を済ませたらしく、いつもの体制でPadを操作していた。
俺は、バーチャんにあるお願いをした。
「バーチャん。少し貸してくれないか?」
「急な隠岐の島行きじゃ。ワシも心配しとった。」
そう言ってバーチャんは茶封筒を出してきた。
出された茶封筒を手に持ってみると、それなりに厚みがある。
「由美子さんと遊んでくるにも必要じゃ。残りそうなら、うまい酒を大阪で買うてきてくれ。」
「ありがとう。」
俺はバーチャんに感謝を述べて、茶封筒をスーツの内ポケットにしまった。
程なくして彼女が仏間に顔を出した。
彼女を見れば、昨日と同じパンツスーツスタイルで、バッチリと化粧をしている。
俺は彼女の姿に、一瞬、見とれてしまった。
「可愛いぞぉ~ ほんに由美子さんは綺麗じゃ。やはりエルフの娘は可愛いのう。」
「お婆ちゃん。照れちゃいますぅ~♪」
いやいや。秦さん本当に綺麗だよ。
それにしてもバーチャんが何か言った気がする。
『エルフ』とか言ったよな?
「二郎。見惚れとらんで、由美子さんの荷物を座敷から運ばんか。」
「ああ、そうだね。」
俺はバーチャんの指示に従い、座敷に入って彼女のキャリーバッグを玄関まで運んだ。
運び終えて仏間に戻ると、二人がテレビドラマな人になっていた。
しまった!
この二人はテレビドラマが終わるまで、動かない。
『ごめんください。』
玄関の方で眼鏡の声がした。
◆
俺は玄関に行き玄関戸を開ける。
そこには、以前に見たことのある黒塗りの車が停まっていた。
眼鏡が軽く頭を下げ、挨拶をする。
「お迎えに上がりました。」
「この車ですか?」
眼鏡が車を手配したと言っていたが、こんな高級車を手配しているとは思いもよらなかった。
正直に言えば、淡路陵で見かけたり、昨日、眼鏡が乗っていた乗用車を想定していた。
「何か手違いがありましたでしょうか?」
「いえ荷物を運ぼうと思って…」
「わかりました。」
そう眼鏡が言い、運転席に行き何かを話しかけたらしく運転手が降りて車のトランクを開けてから、こちらに向かってきた。
「お荷物はどちらでしょう?」
「玄関に置いてあります。」
運転手は玄関の土間口に入り、俺と彼女のキャリーバッグを運び出して車のトランクに納める。
再び土間口に入り、ノートパソコン専用バッグを持つと俺に聞いてきた。
「こちらは後部座席で宜しいでしょうか?」
「はい。」
俺は車の大きさに驚くと共に、運転手の円滑な行動に呆然としてしまった。
「二郎さん。お二人はもしかして?」
眼鏡が腕時計を見ながら聞いてくる。
「はい。想像されているとおりです。」
「いえ、こちらの配慮が足りませんでした。」
「眼鏡さんは、バーチャんのテレビドラマ好きを知ってるんですね。」
「はい。前任者から聞いておりましたが、あれ程とは思いませんでした。」
そう言って、眼鏡は笑顔を見せた。
俺は、この人の笑顔を始めて見た気がした。
◆
「こうして二人で並ぶと新婚夫婦に見えるのう。」
秦さん。バーチャんの言葉に喜んで俺の腕を掴んで嬉しそうにクネクネしないで。
俺もその気になっちゃうから。
「どれ写真を撮るぞ。」
バーチャん。スマホで写真撮影なんて出来るの?
テレビドラマな人から戻った二人が玄関前ではしゃいでいる。
バーチャんは俺と彼女を並べてはしゃぎ、彼女は俺の腕を掴んで離さない。
彼女は綺麗だから悪い気はしないけど(笑
「じゃあ、お婆ちゃん。いってきます~す。」
「おお、由美子さん。楽しんでこい。録画も消さんと残しとくでな。」
そこでテレビドラマの録画の話ですか?
俺と彼女は後部座席。
眼鏡は助手席。運転手は運転席(当然
黒塗りの車は、ゆっくりと実家の敷地を出て行く。
振り返ってリアガラスから玄関口を見れば、バーチャんが一人で立って見送っている。
その姿に、やはり早目に淡路島に戻ることを考えようと改めて思う。
帰省した日にバーチャんがショッキングピンクの軽トラで現れたマクド。
俺がメスライオンに骨までしゃぶられたマクド。
俺にスーツをくれた店長が取り仕切るマクドが見える頃、助手席に座る眼鏡が話しかけてきた。
「そちらのボタンを操作いただければ、前後部で防音が成されます。尚、車内では一切録音をしませんので安心してください。」
眼鏡の言葉を受けて彼女がボタンを操作すると、助手席と運転席を繋ぐ部分から半透明な板がせり上がる。
なかなか凄い設備だ。
眼鏡との大阪行きには、幾多の質問を覚悟していた。
これならそうした質問も防げそうだ。
半透明な板が上がりきったところで、彼女が車の感想を述べてきた。
「センパイ。この車、揺れが少ないし静かです。」
そんな彼女の言葉を聞きながらも、俺は道路状況が気がかりだった。