2-1 朝御飯
「二郎や。朝飯にするぞ!」
バーチャん突然入ってくるなよ。
実家で迎えた朝。
高校時代と同じ様に俺が寝ている部屋にズカズカと入ってくるなり、俺の布団を剥がして起こしに来る。
既に起きていた俺は、バーチャんの布団剥がしを背中で受けていた。
「なんじゃ、起きとったんか。つまらんのぉ~。昔みたいに『バーチャんねむいよ~』ぐらい言うてみぃ」
バーチャん。それ小学生ぐらいの話だよ。
「どれどれ。朝から元気か?」
「バーチャん。やめい!」
バーチャんは笑いながら、俺の股間を確かめるように凝視してくる。
思わず両手で隠してしまった。
朝から孫の『あさ○ち』を確認しようとする80過ぎの老女ってなんだよ。
元気な朝を、初めてバーチャんに見つかったのは中学時代だ。
俺の布団を剥がして『若いから元気だのう』と言われて、俺は焦ってしまった。
それから毎朝起こしに来ると、
『うんうん。元気で何よりじゃ』
『今日も元気だのう』
などと、まだ寝ぼけている俺に言ってくるのだ。挙げ句には、
『今日はどうした?』
などと言うときもあり、焦って起きてしまう毎日だった。
起きて布団を畳み着替えたら顔を洗う。
座敷に入り神棚に手を合わせ、続いて仏間でも手を合わせたなら、台所に繋がる食卓に座った。
昔からの俺の席には湯気の立つ白飯と味噌汁、そして生卵が置かれている。
机の中央には漬け物が山盛りの大皿がある。
この朝の食卓風景は、俺の覚えている限り幼い頃から何ら変わらないものだ。
「いただきます」
手を合わせたら、まずは味噌汁だ。
やっはり自分で作ったものとは別次元の旨さだ。
何が違うのだろう。水かな?
いやいや、バーチャんが作ってくれたからこその旨さだろう。
実家の朝御飯には『惣菜』と呼べるものはない。
これは実家のいつものスタイルなのだ。
それでも俺は聞いてしまう。
「バーチャん。漬け物だけ?他に無いの?」
「無い。それで十分じゃ」
この会話だよ。
昔から毎朝してきた、この会話があってこその実家の朝御飯だよ。
大学に入学した最初の頃はそれなりに自炊していた。
実家の朝御飯と同じ様に米を炊き(炊飯器よありがとう)、味噌汁を作り(インスタントですんません)、漬け物を準備し(近所のスーパーで購入)、生卵も準備してみたけれど⋯
3週間で飽きてしまった。
同じメニューな筈なんだけど、どうしても実家と同じ朝食の旨さが感じられなかった。
やはり実家で食べる飯は旨いと痛感した。
「二郎。今日はどうするんじゃ?」
「⋯ バーチャんは用事でもあるの?」
昨夜のお爺ちゃんの勾玉の話を聞こうかと思ったが、あの時の静かなバーチャんを思い出して口には出さなかった。
あの変な夢にも出てきた勾玉。
いつも元気なバーチャんが押し黙ったお爺ちゃんの勾玉。
何となくバーチャんに喋らせるのが悪い気がした。
「用事はない。いつもの畑仕事ぐらいじゃ」
「俺は9時頃に会社に電話して⋯」
「なんじゃ。休みなのに会社か?」
「昨日話した課長がね⋯」
「いろいろと大変だのぉ。無理するでないぞ」
「ああ。ほどほどにするよ」