11-6 茜色
「じゃあ。この2足から選んでください。私はベルトを見てきます。」
「はい。」
紳士服の量販店に入って、直ぐに彼女は靴を選び始めた。
俺がどの靴にしようかと選んでる間に、彼女は2足の靴を持ってきた。
こうなると俺は彼女の指示に従うだけだ。
「これの26.5か27はありますか?」
「はい。どちらも在庫があります。」
店員さんが両サイズを出してきたので、それぞれを履いて店内を少し歩かせてもらい結果として26.5の購入を決めた。
その後、店員さんは靴下を勧めてきたので、そのまま購入を決めた。
「ベルトはこれでお願いします。」
ベルト選びから彼女が戻ってくると、手にしたベルトを俺の腰に回してくる。
秦さん。またしても距離が近いです。
これで靴も買った。ベルトも決まった。
残るはネクタイだな。
「すいません。ネクタイも欲しいんですが?」
「いえ、ネクタイは要らないです。」
店員さんに声をかけた俺に、彼女が急にキッパリと断ってきた。
「えっ、なんで?」
「さっき見ました。」
「もう見てるの?」
「この店には、そのスーツに似合うネクタイは無いです。」
秦さん。
直ぐそこに店員さんが居るんですけど。
「ネクタイでしたら。そちらに揃えてますが?」
「さっき見たんですけどフレッシュマン用ですね。」
店員さんの誘導を、彼女がきっちりと断っている。
これ以上、店員さんに彼女の相手をさせるのは悪そうだ。
ネクタイは大阪でも買えるからと思い、俺はレジに行き支払いを済ませた。
その間も彼女は何かを探すように店内を見ている。
「秦さーん。行けます?」
「ごめんなさい。トイレに行きたいの。」
「ああ、先に車で待ってる。」
俺は車に戻り、購入した一式を袋から出し身に付けてみた。
彼女が『うるさい』と言うだけあって、こうして合わせてみると中々に良さそうだ。
車から降りて、店のガラスに自分を映していると彼女が店から出てきた。
「良い感じです。後はこれを着けてください。」
そう言って彼女は自分のバッグから、綺麗に包装された箱を出してきた。
徐に(おもむろに)出された箱を受け取れずに呆然としてしまった。
「誕生日プレゼントです。」
「えっ!」
「センパイ。自分の誕生日を忘れたんですか?」
俺は自分の誕生日を忘れたわけではない。
今日は4月29日、俺の誕生日は4月25日で実は既に数日過ぎている。
まさか彼女から誕生日プレゼントを貰えるとは、思いもよらなかった。
周囲は既に茜色に染まっている。
夕日に照らされたからか、色白な彼女の顔もほんのり茜色で、瞳の色は金色に見える。
その顔は美しく、俺の心を激しく揺さぶる。
箱を突き出した彼女の腕を取り、俺は彼女をHugしてしまった。
「ありがとう!」
「きゃあ!」
彼女の驚きの声に、慌てて抱擁を外した。
「ご、ごめん。」
「早く開けてください。」
俺は彼女から箱を受け取り、少々乱雑だが包装を解いて中の箱を開ける。
すると光沢のある薄いピンクから赤に変わる、グラデーションネクタイが出てきた。
「凄く良さそうなネクタイだね。」
「着けましょうか?」
彼女は、少しはにかみを含んだ笑顔で聞いてきた。
「お、お願いします。」
俺の言葉に反応して、彼女は俺の上着を軽く背に寄せるとワイシャツの首元のボタンを閉め襟を立たせる。
俺の手の上に乗る箱からネクタイを取り出し、俺の首に手を回しスルスルとネクタイを結んで行く。
「はい。出来上がりです。」
再び店のガラスに姿を映すと、かなり締まった出で立ちとなった。
「本当にありがとう。」
「グッ!」
そ、そこでサムズアップですか?
◆
彼女を助手席に乗せ実家に向かう途中で、改めて礼を述べた。
「秦さん。本当にありがとう。」
「センパイ。そんなに嬉しいんですか?」
「ああ、嬉しい。こんな素敵なプレゼントは始めてだよ。」
「へへへ。喜んでくれて私も嬉しいです。」
彼女の『私も嬉しい』の言葉で車内は喜びに溢れた。
プルルル
喜びに溢れた車内が一瞬で緊張する。
彼女のスマホが鳴ったようだ。
彼女は膝の上に置かれたバッグからスマホを取り出し、少し操作した後に手のひらに乗せて話し始めた。
「秦さんの携帯ですか?」
ハンズフリーにされたのか、彼女のスマホから鈴木さんの声が聞こえる。
「秦です。」
「鈴木です。今、大丈夫ですか?」
やはり鈴木さんだ。
「秦です。大丈夫です。」
「例の書類ですが回収できました。」
「センパイ!鈴木さんと田中君、回収できたそうです。」
彼女が俺に話しかける。
俺は課長の不正の件だと察した。