11-5 コンビニの駐車場
「センパイ。ここはどこですか?」
「秦さん。動かないで。」
眼鏡スーツとのやり取りもあった。
洲本へ行く道も少しだけ混雑気味だった。
バスセンター付近で迎えの車の混雑にも遭遇した。
俺の出発が遅れたのもあった。
結果として靴もネクタイもベルトも買えず仕舞いだ。
何とかバスの到着時刻の5分後にバスセンターに着いたのだが、彼女と落ち合うのに時間を要しそうだ。
「秦さん。周囲に見える看板を教えて。」
「マルナカ?」
「近くにコンビニがあるかな?」
「あ、ファミマが見えます。」
「そのファミマで落ち合おう。」
「はい。わかりましたぁ~(ゴロゴロ」
俺はコンビニの駐車場にショッキングピンクの軽トラを駐める。
周囲の目線が軽トラに集まる。
店から出てきた人の中には指差す方々もいる。
やはりこの車は目立つのだろう。
そんなことを考えながら、運転席から外を眺めて彼女を探す。
それらしき女性を見つけた。
あのキャリーバッグを引いてるパンツスーツの女性が彼女だろう。
俺はスマホで電話してみる。
その女性は歩くのを止めてスマホを取り出した。
「秦さん?門守りです。」
「今、ファミマです。どこですか?」
「ピンク」
「ピンク?」
彼女がこちらを見て、一瞬、固まった。
俺はスマホの通話を切り、運転席から手をふる。
彼女はキャリーバッグを引きながら小走りに運転席側に向かってくる。
「せ、センパイ。この車?」
「ごめん。これしかないんだ。」
「可愛いですぅ~。ちょっと写真撮らせてください!」
「えっ?!写真?」
「ほら、センパイ。降りて降りて。」
俺を運転席から降ろすと、彼女は数歩下がってスマホで写真を撮り始める。
スマホを縦にしたり横にしたり、軽トラの脇に立っていた俺に手振りで退けと言うような仕草をする。
数枚写真を撮ったのだろう、今度は俺にスマホを渡してきた。
「これで撮れますから。」
そう言って撮影の方法を俺に伝えると、彼女は軽トラの前でポーズする。
俺は仕方無しに、彼女を真似てスマホを縦にしたり横にして、ポーズする彼女と軽トラを複数枚撮影した。
スマホを受け取った彼女は俺が撮影した写真をチェックしている。
「荷物は座席に載るかな?」
「載らなければ後ろでも良いですよ。」
俺は載らないと判断して、運転席の後ろからブルーシートとトランクネット、半切りにした毛布を取り出す。
俺は軽トラの荷台にブルーシートを広げ、荷台に彼女のキャリーバッグを引き上げる。
彼女のキャリーバッグを半切りした毛布でくるんだら、トランクネットで固定する。
「ゆっくり運転するから、これで大丈夫だと思う。」
「センパイ…」
「なに?荷物が心配?」
「その格好、変です。この車に合いません!」
ごめん。
俺も変だと思ってるから言わないで。
◆
「この車。随分と静かですね。」
「ハイブリッドなんだよ。」
「へー。私の実家のは唸るような感じなんです。」
「バーチャん…祖母のだから詳しくは知らないけど、前の軽トラは唸ってたかな(笑」
「センパイ。『バーチャん』で良いですよ(笑」
「おお、助かるよ。」
身内の呼び方を、同僚に直されるのってどうなんだ?
そんなことを思いつつも、仕事とは言え長旅をして来てくれた彼女を労いたい。
しかも今回の大阪での『アスカラ・セグレ社』訪問は、部長命令とは言え彼女は巻き込まれた形だ。
「わざわざ、来てくれてありがとう。」
「いえいえ。出張扱いに釣られた身ですから。」
そう言って彼女はニッコリと微笑む。
う~ん。
昨夜テレワークで見た彼女も綺麗だったが、実物の彼女もやっぱり綺麗だ。
バーチャんの言う「可愛い」に俺も釣られたのか?
こんなに綺麗だったとは思わなかった。
「秦さん悪いけど買い物に付き合って。」
「いいですよ。」
「明日の大阪用に靴とネクタイとベルトが必要なんだ。」
「ああ、それでその格好なんですね。」
彼女は今の俺の格好に理解を示してくれたようだ。
「センパイ。靴はどこで買います?」
「その先に紳士服の量販店があるんだ。悪いけど付き合って。」
「大丈夫ですか?私うるさいですよ。」
「うるさい?」
「高校まで、兄と父の服とか靴を選ぶのは私でした。」
「へー。俺は一人っ子だから、そうした経験は無いな。」
「今は兄の服選びは義姉に譲りましたけど。」
なるほど、お兄さんは結婚したんだね。
「センパイのスーツって量販品じゃないですよね?」
「これ?近所のマクドの店長に貰ったんだよ。量販品じゃないの?」
「違いますね。」
そう言って運転している俺に近寄り、上着の襟を触ってひっくり返す。
秦さん。ちょっと距離が近いよ。
「襟の縫製を見ればわかるんです。」
「襟の縫製?」
「量販品だと襟が直ぐにへたれるんです。」
「もしかして秦さんって普段もそうした目線をしてるの?」
「もう、癖ですね。」
こ、怖いよ~
世の中にはそうした目線の女性もいるんだ。