11-4 異人館街のスタバ
実家に戻りバーチャんを母家で降ろした時、スマホが震えた。
見れば彼女からLINEが入っていた。
「16:46に洲本に到着です。」15:23
軽トラを充電装置に繋ぎ、母家に入って仏間でくつろぐバーチャんに声をかける。
「洲本まで迎えに行って来る。」
「迎え? おぉ~、あの娘が来るんか?」
「16:46に洲本に着くらしい。靴とネクタイもついでに買ってくる。」
「晩御飯はどうする?」
「あっ!?何も考えてなかった。」
「あの娘は飲めるんか?」
バーチャんが目をキラキラさせながら聞いてくる。
「う~ん。多分だけど飲めるはず。」
「なら、晩御飯は餃子じゃ!」
おいおい。
また俺が焼くの?
バーチャんが飲みたいだけだろ?
「楽しみじゃのう♪」
はいはい。
年寄りの楽しみは取り上げません。
「埃もすごいからちょっとシャワーを浴びてくる。」
「そうじゃな。しっかり磨いてこい。」
バーチャん。なぜにニヤついてるの?
俺はシャワーを浴びながら考えた。
靴とネクタイを買うなら、貰ったワイシャツとスーツを着て行こう。
靴とネクタイを合わせるなら、その方が良い。
以前に靴とネクタイを購入した時は、仕事着として着ているスーツ姿だった。
普段着で、スーツと合わせる靴とネクタイを購入しようにも合わせようがない。
まあ、事前にスーツに袖を通しておく意味でも着て行くのが良いだろう。
シャワーを済ませ、寝泊まりしている部屋で店長に貰ったワイシャツとスーツを着込む。
手を上下させ、軽く屈伸してみたが窮屈には感じない。
普段着ているスーツと比べると、若干だが袖丈が長く、裾丈が本の僅かに短いかもしれない。
ウエスト周りは問題ない。いやベルトをした方が下がってこない感じだ。
普段着からベルトを外して巻いてみる。
う~ん。やはりベルトも買おう。
購入するべきなのは、靴とネクタイとベルトだな。
おっと、着るものを変えるとやってしまうのが財布や定期を忘れることだ。
スマホをウエストポーチに放り込み、腰に巻いて忘れ物がないかを確認して部屋を出た。
廊下を進み、仏間のバーチャんに声をかける。
「じゃあ、行って来るね。」
「おや?着替えてお迎えか?」
仏間から顔を出したバーチャん。
ニヤニヤしないで。
「靴とネクタイを買うからだよ。」
「ほぉ~。そのスーツ。似合っとるぞ。」
バーチャん。ニヤニヤニヤしないで。
「二郎。安全運転じゃぞ。」
「はい。いってきます。」
玄関でスニーカーを履いて思った。
ワイシャツを着てスーツを着てるが、ノーネクタイでスニーカー。腰にはウエストポーチ。
何とも締まりの無い格好だ(笑
◆
ショッキングピンクの軽トラに乗り、実家の敷地を出た所で、道路脇に乗用車がハザードを点けて駐まっているのが見えた。
こちらは軽トラだから通れるだろうと、速度を落として近付くと運転席から見覚えのある人物が降りてきた。
『国の人』な眼鏡スーツだ。
小走りにこちらに寄ってこようとする。
俺もハザードを点けて乗用車から少し離れた場所に軽トラを寄せエンジンを切った。
運転席のウィンドウを開け、眼鏡スーツと会話する。
「二郎さん。今、桂子さんに電話しましたらお出掛け中と聞きました。」
「ええ、ちょうど買い物に行こうと思って…」
「少しお話しをさせてください。」
な、なんだ?
有無を言わせぬ態度だ。
「桂子さんから『エリック』さんとお会いすると聞きました。」
その話か…
俺は迷った。
今ここで、眼鏡スーツと二人で会話して良いのだろうか?
俺はまだ正式に眼鏡スーツと名乗りを交わしていない。
謂わば俺と眼鏡スーツは、非公式な関係にある。
バーチャんと眼鏡スーツは、『国の人』が交代の挨拶に来るような関係だ。
その挨拶に来た際に、白い増設コンセント=盗聴器を仕掛けられたんだが。
今ここで眼鏡スーツと会話することで、バーチャんに不利な要素を残すのは避けたい。
「もしかして実家に来るつもりだったんですか?」
「ええ、お話しをさせて頂きたく。」
思わず考えてしまった。
バーチャんの意向を確認せず、俺の判断だけで勝手に眼鏡スーツと会話して良いのだろうか。
「『眼鏡』さん、で、良いかな?」
「はい。今はその名でお願いします。それで…」
「今この場で、俺とその件で二人で会話して良いのかな?」
眼鏡スーツの言葉を遮るように問いかけてみた。
「お互いに名乗って無いし、祖母も同席してないから迷ってるんだ。」
「なるほど。おっしゃる通りです。」
その時、ウエストポーチに入れたスマホが震えた感じがした。
彼女からの連絡だろう。
「ちょっと、ごめん。」
俺は眼鏡スーツとの会話を止めたい思いもあり、ウエストポーチからスマホを取り出す。
スマホには彼女からLINEが入っていた。
「異人館街のスタバで~す。」16:00
はいはい。
スタバの写真。よく撮れてます。
秦さんバスに飽きてるのね。
ごめん。今取り込み中なんだ。
「買い物の後は難しいでしょうか?」
「いや、今日は予定があるんです。」
眼鏡スーツが食い付くように問いかけて来る。
これから彼女を迎えに行く。
彼女を実家に連れてきた状況で、眼鏡スーツの訪問を受けると彼女を巻き込むことになりそうだ。
「それでは、明日の朝一番は?」
そのとき俺は思い出した。
「そうだ。手土産なしでは帰りづらいでしょう。」
俺はウエストポーチに入れたままの、若奥様から受け取ったチラシを取り出した。
《神に会える ○○日13時集合》
「これを差し上げます。」
以前にバーチャんが赤福を渡した様子を思い出し、俺なりに真似てみた。
やはり眼鏡スーツさんはスーツの内ポケットから白い手袋を出す。
それを両手にはめると、俺が出したチラシを受け取った。
「お心遣いに感謝します。」
「すいません。ちょっと急ぐんで。それと名乗るまでは二人で会話するのは避けましょう。」
「わかりました。上司にもそのように伝えます。」
そう言って眼鏡スーツは乗用車に戻って行く。
上司にも伝えると言うことは、今日とか明日の訪問を強行しようとしたのが、上司の命令だと言っているようなものだ。
何か眼鏡スーツさんに『哀れみ』を感じてしまった。