11-3 藁マルチ
実家に戻り昼御飯を食べながら、バーチャんに聞いてみた。
「バーチャん。さっきの眼鏡の顔を見てるよね。」
「見とるぞ。かなり驚いとったのう。」
「『眼鏡』は、俺と『エリック』さんに繋がりがあるとは、思わなかったと言うことだね。」
「正解じゃな。」
バーチャんは平然と答える。
その答えに少し考えを巡らせる。
あの驚きの顔には理由がある筈だ。
思い返せば、白い増設コンセントが見つかった時にバーチャんが怖い話をしていた。
白い増設コンセント=盗聴器は、サンダースさん一行の情報が欲しくて『国の人』がやったことだ。
バーチャんがサンダースさん一行の情報提供を渋れば、監修の仕事を止めるとか止めないとか…
最後にバーチャんは、
『あいつらが止めるならアメリカにでも電話するだけじゃ。』
そんな啖呵を切っていた。
ここで言う『アメリカ』が、俺の知っているアメリカ合衆国とは思えない。
米軍の門=アメリカならば、バーチャんは『国の人』が変なことをして来たら、米軍の門の関係者にサンダースさんの情報を提供すると言うことだ。
ここまで考えて止めた。
これ以上、考えを巡らせても出てくるのは想定ばかりだ。
今は現実に目を向けます。
「二郎。食べ終わったら畑に戻るぞ。」
「そうだね。オヤジさんが待ってる。」
「そうじゃ、二郎は石灰を積んどいてくれ。洗い物はワシがするで。」
「はい。積んどきます。」
昼御飯を済ませ、俺は軽トラに苦土石灰を積み込む。
全てを積み終え、バーチャんを待っているとスマホに彼女からLINEが入った。
「新神戸です。洲本行きで良いんですよね?」12:37
俺は返信を打つ。
「洲本に迎えに行く。バスに乗ったら連絡されたし。」12:40
「異人館街に寄って良いですか?」12:42
「はい。楽しんでください。」12:43
彼女は観光気分なようだ。
そんな彼女に返信を終る頃、バーチャんが助手席に乗り込んできた。
「二郎。行くぞ」
◆
畑に戻るとオヤジさんが一息いれていた。
オヤジさんの畑は、全てが綺麗に耕されている。
「待たせてすまんのう。」
「いやいや。昼飯食い終わったとこだよ。」
オヤジさんの畑を見てバーチャんが聞いた。
「お前さんとこは、今日は石灰入れんのか?」
「試しに計ったら6.1あるからやめたんだ。」
「そんなにあるんか?世話が良い証拠じゃ。」
「桂子ばあちゃんは?」
「ワシんとこは5.8じゃ。少し入れようと思う。」
「じゃあ、二郎くん撒いてくれるか?」
俺は農業用コンテナカーに積んだ苦土石灰を畑に撒いて行く。
畑全体の半分ほど撒き終えると、オヤジさんがトラクターで耕し始めた。
以前に俺が耕運機で耕したのとは違い、あっという間に畑が耕されて行く。
バーチャんは耕し終わった畑の中を確認するように歩き、時おりゴミを見つけては袋に入れて行く。
1時間も要さずに、バーチャんの畑を全て耕し終わってしまった。
オヤジさんがトラクターのエンジンを切ると、周囲には静けさが戻る。
聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。
何とも長閑な風景だ。
ゴミを拾い終えたバーチャんとオヤジさんが、畝作りの会話を始めた。
「桂子ばあちゃん。畝を立てる時は声をかけてくれよな。」
「すまんのう。助かるぞ。」
「そうだサツマイモの苗は再来週らしい。」
再来週か…残念だが俺は有給休暇が終わってるな。
「お前さんとこはマルチはどうするんじゃ?」
「迷ってるんだよ。藁にするかビニールにするか。」
「ワシは藁にするぞ。」
「じゃあ、俺んとこも藁にする。」
なんかあっさりと決めてるけど?
いいのオヤジさん?
「さっき組合に聞いたんじゃが倉庫の一つが藁で埋まっとるらしいんじゃ。」
「桂子ばあちゃん、それってどこの倉庫?取りに行くよ。」
「ほれ、いつも作業場に居るじゃろ。あいつが言うとったんじゃ。」
ああ、あの作業場にいた職員さんだ。
バーチャんとその話をしてたんだ。
「廃棄センターにとか言うとったで、捨てるつもりらしいぞ。」
「いいねぇ。捨てるぐらいなら安く買えるかも。」
「ワシから理事長に聞いとくで。」
「桂子ばあちゃん。ありがとう。」
何か二人がニヤニヤしてるんだけど。
組合の理事長さん、大丈夫かな?
その後、オヤジさんにスーツのお礼とトラクターを出してくれたお礼を述べてお別れした。
◆
実家に戻る途中、再び淡路陵の前を通ったがマイクロバスも乗用車も居なかった。
俺が気にすることじゃないが、眼鏡スーツが少しでも慌てていたら笑えるな。
そう言えば、眼鏡スーツがバーチャんに見せていたスマホみたいなのは何だったんだろう。
「バーチャん。さっき眼鏡がバーチャんに見せたのって何だったの?」
「Voice recorder.」
その英語はわかるぞ。
「もしかして普段から録音してるの?」
「しとるんじゃろ。ワシと話してる時は切らせとる。」
なるほど、さっきバーチャんに見せたのは「録音してません」の意味だったんだ。
「なんか笑える。」
「何がじゃ?」
「録音を切った時に、俺が『エリック』さんに会う話が出たんだ。」
「ホッホッホ」
バーチャん。俺も笑いたい気分だよ。