11-2 おばちゃん達
先週同様、収穫した新玉ねぎをショッキングピンクの軽トラで農業協同組合の作業場に持ち込む。
作業場には、他の方々からも大量に新玉ねぎが持ち込まれており、倉庫のような作業場は玉ねぎの香りで埋め尽くされている。
「こっちの未計量で良いですか?」
先週の新玉ねぎ、一昨日のニラ、どちらでもお世話になった農協の制服を着た職員さん。
その職員さんに声をかけ、新玉ねぎが詰まった農業用コンテナを降ろして行く。
バーチャんは、おばちゃん数名との話で盛り上がっている。
「桂子さんは今度の総代会も出るんでしょ?」
「どうかのぉ~理事長次第じゃ。」
「桂子さんの演説。格好良かったよねぇ~。」
「支店長が真っ青な顔で。前の理事長が真っ赤な顔で。」
「赤鬼と青鬼を始めてみたよ。」
「「「ギャハハハ」」」
バーチャんとおばちゃん達の声は、どうしてこんなに大きいんだ。
そんな声の中、新玉ねぎが詰まっている農業用コンテナを降ろしている俺に、職員さんが声をかけてきた。
「二郎くん。桂子さんと話したいんだ。良いかな?」
「大丈夫ですよ。」
俺が承諾すると、農協の職員さんは、おばちゃん達と騒いでいるバーチャんに小走りに駆け寄り声をかけたようだ。
以前の理事長と同様に、バーチャんを作業場の事務所に促すように案内している。
俺は新玉ねぎが詰まった農業用コンテナを全て降ろし、作業に戻ったおばちゃん達に声をかけた。
「すいませんが、今日もお願いします。」
「二郎ちゃん。私達に任せて。」
「そうそう。桂子さんのだもん。」
「二郎ちゃん。気にしちゃダメよ~」
「「「キャハハハ」」」
「前もその前もお願いしちゃって、すいません。」
「何言ってるのぉ~。」
「そうか二郎ちゃんは知らないんだ。」
「知らないかもね。」
「「「ギャハハハ」」」
おばちゃん達の、何かを言うたびに揃う笑い声が賑やか過ぎる。
「私達が働けるのも桂子さんのおかげ。」
「うちの息子もバイトできるし。」
「うちもうちも。」
「「「ギャハハハ」」」
その笑い声が話を見えなくするんですが…
「桂子さんに聞いてごらんよ。」
「桂子さん話さないでしょ。」
「ムリムリ。桂子さんは自分では絶対に言わない。」
「「「ギャハハハ」」」
「そこが桂子さんの良いとこなのよ。」
「うちのババアも見習って欲しいわぁ~」
「無理無理。」
「「「ギャハハハ」」」
ダメだ。俺が話しに入る隙がない。
そう思っていると、バーチャんと職員さんが事務所から出てきた。
「二郎くん。待たせてゴメン。」
「いえいえ。気にしないでください。」
「そうだ、ゴミがあるなら預かるよ。」
「良いんですか?」
「どうせ、今日の作業でも出るから。」
「二郎。預かってもらえ。」
バーチャんが、ニコニコした顔で職員さんの提案を押してくる。
何か良い話しでもあったのかな?
「じゃあ、お言葉に甘えます。」
俺はそう言って、職員さんに指示された場所へ今日の畑で出たゴミを置きに行った。
「桂子さーん。「「こっちは任せてぇ~」」」
「いつもすまんなぁ~。」
「よろしくお願いします。」
おばちゃん達と職員さんに見送られ、俺とバーチャんは農業協同組合の作業場を後にした。
◆
「ふんふん」
実家に向かう車中、助手席のバーチャんが鼻歌混じりで、かなりご機嫌な感じだ。
「バーチャん。ご機嫌だね。」
「ご機嫌じゃ。」
「良い話しでもあったのかな?」
「う~ん。」
「無かったのかな?」
「う~ん。」
これは、俺に聞かせるには時間がかかる話だと感じた。
「わかった。楽しみにしてるね。」
「おお、そのぐらいが良いぞ。ふんふん。」
バーチャんの言葉は、何とも含みのある感じだが、雰囲気がご機嫌で穏やかだ。
実家に向かう途中、淡路陵の前を通ると今日も乗用車と小型マイクロバスが駐まっているのが見えた。
マイクロバスの前には作業着姿の方々が数名。そして眼鏡スーツらしき人物が見える。
「眼鏡が居るのう。」
「居るね。」
バーチャんも『国の人』な眼鏡スーツを見つけたらしい。
「二郎。車を戻してくれるか?」
「えっ?いいけど。」
前は通り過ぎたのに、今日は寄れと言うバーチャんに少し驚いた。
淡路陵に向かう為の小道。
そこへの曲がり角を既に通り過ぎようとしていたため、一旦ハザードランプを出して道の脇に軽トラを寄せる。
後続車をやり過ごし、対向車が居ないことを確認してからUターンさせるように車を戻した。
ショッキングピンクの軽トラがUターンするのが見えたからだろうか、作業着姿な方々は小走りに淡路陵へと向かって行く。
俺がゆっくりとマイクロバスの側まで軽トラを近付けると、眼鏡スーツが助手席のバーチャんに声をかけた。
「桂子さん。どうかされましたか?」
「今日は天皇誕生日じゃろ。休みじゃないんか?」
天皇誕生日?
ああ、昭和天皇の誕生日ですね。
今は『昭和の日』って言うんですよ。
「だからこそ来ております。」
「そうかそうか。赤福はどうした?」
「ありがとうございます。おかげさまで面目が保てました。」
「そうじゃ、良い話しをしてやる。」
バーチャんがそう言うと、眼鏡スーツが背広の内ポケットからスマホのようなものを取り出した。
そして耳に着けていたイヤホンを外し、スマホのようなものを操作してバーチャんに画面を見せている。
何だろうと思っていると、バーチャんが小声で囁いた。
「二郎が明日、エリックと会うかもしれん。」
その言葉を聞いた眼鏡スーツが驚きの顔で俺を見たが、直ぐに平常心な顔に戻った。
「そうですか。二郎さん。お気をつけて。」
「ええ。」
俺は曖昧な返事しか出来なかった。