10-9 前泊
「他に証拠になりそうなのは…」
「秦さん。今、手が届くのに限定しよう。」
「じゃあ、鈴木さんと田中君には次の事項で証拠集めを依頼します。」
そう言って、彼女は話し始めた。
1.各々の経理台帳とメールの突き合わせ結果。
2.経理台帳に漏れがないかの確認。
3.課長に出した書類のコピー
4.他に想定できる証拠の類い。
「こんな感じで良いですか?」
「一個付け加えて、全ての証拠は社内システムに残さない。ローカルに残し出来ればUSBメモリーなどにも保存する。」
「はい。伝えます。」
「他にあるかな?」
「明日、部長に伝えますか?」
そうだ、彼女は俺と会った後、俺を迎えに来た事を部長に連絡することになっている。
その際に、課長の不正を部長に伝えるか否かを考えておく必要がある。
部長は課長の不正を知っているのか?
そして部長は課長の不正を容認してるのか?
「私は迷ってます。」
「迷ってる?」
「センパイは迷いませんか?」
「…」
「センパイは、部長が課長の仲間だったらどうします?」
「それは、俺も考えてる。部長がどちら側かがわからないんだ。」
「部長が課長側だったら、課長の不正を部長に訴えても無駄になりませんか?」
「確かにそうだな。」
「不正は正したいし、自分の成績を理由もなく奪われるなんて耐えられません。」
「俺も同じだよ。それに鈴木さんや田中君の気持ちも考えたい。」
「そうですよね。」
「さっきの証拠保全に付け加えれるかな?」
「鈴木さんと田中君の考えの確認ですね。」
「うん。頼めるかな?」
「この後で電話が来る予定なので、確認しておきます。」
「出張前夜に申し訳ないね。」
他に確認することは無いよな?
何か大事なことを忘れてる気もするが…
「そうだ!秦さん。宿は取ったの?」
「そうそう、それなんですけど。どこも一杯なんです。」
「困ったなぁ~。やっぱり当日に大阪で待ち合わせるか?」
「センパイ!泊めてください!」
おいおい。マジかよ?
「マジ?」
「他に手段はありますが聞きたいですか?」
「他の手段?どんな方法?」
「まず、明日ですが。私が迎えに行きます。」
「うんうん。」
「そこでセンパイと私が大阪で落ち合います。」
「なるほど。前日に俺と一緒に大阪に前泊するわけだ。」
ネット会議に写る彼女が、また手を振り始めた。
慌てて振り返るとバーチャんが立っていた。
「お婆ちゃ~ん。」
「おお、さっきと違う…いや同じ娘じゃ。素顔も可愛いのぉ~」
「そうだ!お婆ちゃん。明日泊めてください。」
「良いぞぉ~。ワシもそのつもりじゃ。」
マジかよ!
「やったぁ~。センパイの実家、見たかったんです。」
「じゃぁ。待っとるぞぉ。」
「はぁ~い。あ、センパイ。鈴木さんから電話なんで一旦切りますね。お婆ちゃん。おやすみなさーい。」
「おお、おやすみなさい。」
ネット会議の画面が真っ暗になった。
「二郎。先に風呂に入って良いか?」
「ううん。良いけど。」
「今日は飲めんかったで、湯上がりに飲まんか?」
はいはい。
やっぱりバーチャんは飲みたいんですね。
俺は昼にシャワーを浴びたから、今日は風呂に入らなくても良いか…
違う違う。
今はそんなことより、明日、彼女が来たら泊まるんだよ。
そっちの方が大事だろ!
◆
「二郎。この酒は湯上がりでも旨いぞ!」
はいはい。バーチャん。
ビールとハイボールをチャンポンしたら悪酔いするよ。
バーチャんを先に入浴させて湯上りのビールを飲ませてる間に、俺はシャワーだけ浴びた。
俺がシャワーから出ると、ハイボールも飲みたいと言うので一杯だけと出してみた。
結果的にバーチャんは湯上りビール+ハイボール。俺は湯上りハイボールとなった。
「二郎。日記の方はどうじゃ?」
「良くないね。大筋はわかったけど。」
「急ぐ話じゃない。東京に戻っても続けるが良かろう。」
「そうだね。ゆっくりになるけど続けるよ。」
「そう言えば店長のスーツはどうじゃ?」
「3着も貰った。」
「ほぉ~。大盤振舞い(おおばんぶるまい)じゃな。」
「これで大阪でエリックさんにも会えるよ(笑」
「おお、会って話を聞いてこい。」
そこで俺は気がついた。
靴とベルトとネクタイ。
明日中に買い揃えないと。