10-5 一緒に有給休暇
俺は意を決して、眼鏡スーツの置いていったUSBメモリーを手にした。
メーカー名などが記されていないかを見たが何も無かった。
そのUSBメモリーを持ってお爺ちゃんの部屋に向かおうとすると、スマホが震えた。
「明日の09:30東京駅発の新幹線に乗ります。」15:35
彼女からのLINEだ。
その文面を読んで、彼女が俺の実家まで来るプランだと察した。
俺は腹をくくって彼女に返信を打った。
「どこに何時に迎えに行けば良いかな?」15:37
はぁ~。
秦さんごめん。ため息ついちゃった。
俺は彼女のプランに従うと決めたんだ、今さら後悔するのはみっともないぞ!
「ネット会議に参加してください。」15:39
あれ?
彼女は今日は有給休暇中のはずだ。
どうなってるんだ?
どうなってるかなんて、悩んでもしょうがない。
お爺ちゃんの部屋に入り、自分のノートパソコンを開いて社内ネットにログインする。
ネット会議のソフトを起動し、会議参加者の一覧から彼女の名前を探しクリックする。
ネット会議の画面に彼女の顔が写し出される。
「門守りです。見えますか?聞こえますか。」
「秦です。見えます聞こえます。」
彼女の背景を見て思った。自宅からか?
「秦さん。もしかして自宅?」
「はい。出張に持って行こうと思って確認したくて。」
「大丈夫そうだね。」
「はい。これで出張中もテレワークできます。」
「秦さんは出張中、ノートパソコンを持ち歩くの?」
「実家に帰省する出張ですから、センパイのようにテレワークしようと思いました。」
「そうだ、今の時間なら鈴木さんと田中君は社に居るかな?」
「居ると思います。4人でネット会議ですか?」
「秦さんから声をかけれるかな?」
「ちょっと待ってください。」
カタカタ、カタカタ
彼女の真剣な眼差しと共に、キーボードを叩く音が聞こえる。
「今、チャットで誘いました。まもなく来ると思います。」
彼女の返答と共にネット会議の画面が2分割になり、鈴木さんと秦さんの顔が写し出される。
「鈴木さん。見えますか聞こえますか?」
鈴木さんの接続状態を確認しようとした時、ネット会議の画面が3分割になり、田中君も参加してきた。
「鈴木です。接続は大丈夫です。」
「田中です。見えてます聞こえます。」
よし、これで4人でもネット会議が問題なくできる。
後は彼女とのネット会議のように召集する方法だな。
そう考えていると鈴木さんが切り出した。
「秦センパイ。明日から私と田中君はGW明けまで有給休暇になります。」
「門守センパイ。スンマセン。」
何がスンマセンなんだ?
って、もしかして二人で一緒に有給休暇か?
「二人で一緒に…」
「ゲフン、ゲフン!」
急に彼女が咳き込んだ。
「じゃぁ、今日のこの会議が今週最後になりますね。」
「「はい。」」
鈴木さんと田中君。ハモってるよ。
「センパイ。何かありますか?」
「昨日のメールに反応があったかな?」
「私宛には無いです。田中君は?」
「俺宛にもないです。」
「他に、課に宛てたメールや課長に宛てたメールは来てる?」
「私が見る限りは無いです。」
「俺のところにもないです。」
「…」
彼女の反応が無い。
「秦さんは?」
「ごめんなさい。まだメールを見てなくて。」
「「…」」
思わず笑いそうになった。
彼女は出張の準備に追われて、多分だがメールは見てないのだろう。
そう言う俺も朝に見てから今の時間まで見ていない。
ネット会議に写る彼女はメールを読み込んでいるような顔つきになった。
「秦さん。会議に戻れるかな?」
「は、はい。」
「「……」」
ここで俺は、一昨日した決断を話すことにした。
「良い機会だから話がある。鈴木さんと田中君も良いかな?」
「はい。大丈夫です。」
「えぇ、平気ですけど。」
「センパイ。何ですか?」
「鈴木さんと田中君。今日は課長と山田は出勤してる?」
「「いえ、二人とも欠勤ですが…」」
それから俺は、努めて冷静に『決断した』事を話した。
まずはこの半年間、先輩として二人をパワハラ課長から守れなかったことを詫びた。
今後は、パワハラ課長から理不尽な仕事をふられても断る決意を話した。
その為にはみんなの協力が必要な話をした。
パワハラ課長からの仕事の割り振りから外れると言うことは、今後は各人が率先して仕事に関わって行くだろう事も話した。
これは庇護にならない庇護をしてきたパワハラ課長から巣立ち、各人が自立することを意味する。
そうした姿勢でGW明けからは仕事に臨むので、皆にも協力して欲しいと願うものだ。
「門守さん。その言葉を待ってました。」
「門守りセンパイ。ありがとうございます。」
「センパイ。皆、待ってたんです!」
彼らの言葉で、概ね皆から理解を得られたと思う。
「じゃあ。良い休暇を過ごしてください。」
俺の言葉に田中君がネット会議を抜け、続けて鈴木さんが抜けた。
ネット会議の画面は最初に戻り、彼女の顔が写されるだけになった。
「センパイ。まだ大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だけど?」
「経理の由紀から変な話を聞いたんです。」
「変な話?」
経理の由紀?
ああ、彼女が泣き出した時に一緒に飲んでいた同期の由紀さんだな。
経理ってことは、外資への売却話しか?
「もしかして、先週に話してた外資への売却の話し?」
「そっちの方は、あれから1週間過ぎましたけど、何も聞いてないです。」
そう言えば社内メールでも、それらしき話しは見かけなかった。
「由紀が言うには、売上の数値が偏ってるそうです。」
「偏ってる??」
「はい。由紀が言うには課長と山田のポイントだけ高いそうです。」
「えっ?」
「変ですよね?」
「経理の由紀さんに話が聞きたい。」
彼女から伝え聞いた話よりは、直接、経理の由紀さんから聞いた方が良いと思って問いかけた。
「無理です。」
「……」
キッパリと断られてしまった。
「彼女は今日から有給休暇です。」
ああ、なるほど。