10-4 USBメモリー
その後、店長は開けていないキャリーバックからワイシャツを2枚出して去っていった。
俺は店長が持ってきてくれたキャリーバックをワゴン車まで運び、深くお礼を述べてお見送りした。
店長をお見送りし、母家に戻った俺の手元にはキャリーバックとスーツ3着にワイシャツ2枚が残った。
改めてワイシャツのサイズを見れば、俺が着ているものと同じだった。
店長さん。本当にありがとう。
俺は寝泊まりしている部屋にキャリーバックとワイシャツを片付ける。
これで残るは靴とベルトにネクタイだ。
晩御飯の買い物途中で購入すれば済ませられそうだと考えて、仏間に行くとバーチャんがスマホで電話していた。
「二郎。眼鏡がもうすぐ来るぞ。」
おっと、忘れていた。
昨日書いた日記の件で『国の人』の眼鏡スーツが3時に来るんだった。
時計を見れば、ちょうど3時だ。
「バーチャん。家に上げることになるけど良いかな?」
「ワシは構わんぞ。いつもの事じゃ。」
ああ、そうだった。
眼鏡スーツはお爺ちゃんの部屋にも入っていたんだ。
「そうだったね。忘れてた(笑」
「眼鏡が来るのも忘れとったじゃろ。」
「はい。忘れてました。」
バーチャん。そこでニヤニヤしないで。
◆
「未だ私は名乗りをしない方が良いでしょうか?」
「そうじゃな。まだじゃ。」
「では、一方的になってすいませんが私からは、『二郎さん』と呼ばせていただきます。」
あの5分後に眼鏡スーツがやって来た。
彼を実家に上げて、眼鏡スーツ、バーチャん、俺の3人で仏間で談話中。
バーチャんと眼鏡スーツの会話は、今の俺には何となくだが察することが出来る。
以前にバーチャんが言っていた『継ぐ』に関わることだろう。
俺が『継ぐ』と意思表示しないと、『国の人』な眼鏡スーツは本名を名乗れないのだ。
「『眼鏡』じゃ嫌か?」
「私は構いません。二郎さんは宜しいですか?」
「はい。」
「では、二郎さん。今後は私を『眼鏡』と呼んでください。」
「ワシも眼鏡で良いか(笑」
バーチャんは白い増設コンセント(盗聴器)の件もあるのに、冗談交じりに会話をしている。
やっぱりバーチャんは強者だ。
ちなみにその白い増設コンセントは、3人が囲む座卓の中央に置かれている。
眼鏡スーツは、その白い増設コンセントについて、一切、口にしない。
「本日、二郎さんへお渡しするのは…」
眼鏡スーツは、USBメモリーを出してきた。
「このUSBメモリーから、二郎さんの希望されるパソコンにソフトを導入してください。」
俺は眼鏡スーツの出してきたUSBメモリーに触れる気になれない。
「導入した後は、以前にお渡ししたユーザーIDとパスワードでログインしていただければ継続してお使いいただけます。」
「わかりました。」
俺は努めて冷静に返事をした。
「それと桂子さんの古い方のPadですが、現状のままで遠方からでもご使用になれます。」
なるほど。
Padは、実家の中と実家の外からで、接続を自動で切り換えるのだと理解した。
「他にご用はありますでしょうか?」
「…」
「無ければ、本日はこれで退散させていただきます。」
そう言って眼鏡スーツは立ち上がろうとした。
俺は、白い増設コンセントについて一言も触れない眼鏡スーツの態度にしびれを切らしてしまった。
「こちらは良いんですか?」
俺は白い増設コンセントを指差した。
「二郎さん。申し訳ありませんが『私共では知らぬもの』です。どうかご理解ください。」
「このUSBメモリーは?」
「そちらは、私共がお渡ししたものです。」
俺は、それ以上は言葉が出なかった。
やはり眼鏡スーツに『哀れみ』な感情しか沸いてこない。
きっと、今の俺は自分でも信じられないような目線で眼鏡スーツを見ていると思う。
その後、眼鏡スーツを玄関の外まで見送ったが、俺は最後までお礼の言葉を口にできなかった。
何とも心にモヤモヤした物を抱えながら、仏間でお茶を啜るバーチャんに声をかけた。
「いいの?バーチャん。」
「何がじゃ?」
「なんか、釈然としないんだ。」
「それより、二郎の顔が怖かったぞ。」
「やっぱり?」
「ホッホッホ」
バーチャん。そこでサンダース笑いですか?