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門の守人  作者: 圭太朗
2021年4月28日(水)☀️/☀️
107/279

10-3 室内干しラック


「二郎ちゃん。悪いけどお願いして良い?」


 絞った濡れ雑巾を手に玄関に行こうとすると、バーチャんに連れられて仏間に入ろうとする店長に声をかけられた。


「いえいえ。俺のためですから俺がやることです。」

「店長。こっちじゃ。」


 そう言ってバーチャんは店長を仏間に引き込もうとする。

 きっとバーチャんは店長に話があるのだろう。


 俺は玄関で4個のキャリーバックの車輪に着いた汚れを拭き、順番に廊下へと引き上げる。

 さっき玄関まで運ぶときにも思ったが、どれもそれなりの重量だ。

 店長は、かなりの量を持って来てくれたんだと感謝の気持ちが溢れる。


 キャリーバック4個全ての車輪を綺麗に拭き上げ、汚れた雑巾を脱衣所の流しで洗っているとバーチャんがやって来た。


「二郎。その室内干しのラックを座敷まで持って行け。」


 そう言われて脱衣所の隅を見れば、折り畳み式の室内干しラックが目についた。

 確かにスーツを数着掛けるには便利そうだ。

 座敷に室内干しのラックを設置し、玄関からキャリーバッグ4個を座敷に運び終えると店長が座敷に入ってきた。

 おもむろにキャリーバッグを並べ直し、順番を説明してくれた。


「こっちから古い順だ。俺が貫禄の無い頃からで、最後のこれが今の俺に合わせた奴だ。サイズとしては…わかるよな?」

「はい。それとなく(笑」


「体型に合わないスーツは選ぶなよ。俺はもう少し桂子ばあちゃんと話があるんだ。選び終わったら声をかけてくれ。」


 そう言って店長は座敷を出ていった。

 俺は店長が教えてくれた貫禄のある方の中型キャリーバックを開けると、中からクリーニング用のビニールに覆われた4着のスリーピース・スーツが出てきた。

 それらすべてを室内干しのラックにかけ、まずは1着のスラックスを履いてみた。


 う~ん。

 裾の長さは問題ないがウエスト付近が落ち着かない。試しに合わせの上着を羽織ってみると袖丈が若干長い感じだ。


「これは俺に貫禄がないからだな。」


 そう考えて、4着全てを畳み直し元のキャリーバッグに戻した。


 裾丈に問題が無かったことから、まずはひと安心だ。

 俺は座敷の押入れから姿見を出す。

 次の小型キャリーバックを開けると、やはりクリーニング用のビニールに覆われた3着のツーピース・スーツが出てきた。

 先ほどと同様に3着全てを室内干しのラックにかけ1着のスラックスを履いてみる。

 良い。

 裾の長さも問題なし。ウエストも程好い感じだ。合わせの上着を羽織ってみると袖丈も問題ない。

 3着全てを試してみて、どれもが問題無いことがわかった。

 実際に姿見に写してみたが、俺が着ても問題なさそうだ。

 1着が冬物だったので、残る2着から選ぼうと考えていると、廊下から声がかかった。


「二郎ちゃん。どうだ?入るぞ。」


 そう言って店長が座敷に入ってきた。


「おお、そのスーツにしたか。俺が転職1年目のだから少し古いが大丈夫そうだな。」

「この2着から選んで良いかな?」


「…ダメだな。」

「えっ?」


「その3着とも二郎ちゃんが貰ってくれ。俺の貫禄じゃもう着れんよ(笑」

「3着も悪いよ。1着で十分だ。」


「いや、着れないものを持っていてもしょうがない。3着だ。ついでにキャリーバックもだ。」

「そんな。キャリーバックまで貰ったら悪いよ。」


 すると店長は俺を招くような仕草をする。

 俺が近付くと、店長が小声で囁いた。


「頼む。こんなもんだが少しでも借りを返させてくれ。」



「桂子ばあちゃんに助けられたんだよ。」


 そう言って店長は話してくれた。


 俺が淡路地震で帰省した翌年の9月に、農協組合で不祥事が発覚した。

 農協組合に勤める女性職員が、勤務先の農協組合支店金庫から現金を盗んだそうだ。

 その女性職員が店長の元彼女だと言うのだ。


 不祥事が発生した際には、既に店長とその女性職員は交流を断っていた。

 だが、農協組合として店長のオヤジさんの整備工場への融資を、なかば強制的に引き上げたそうだ。


 それが原因となり、整備工場のオヤジさんは整備工場を閉めようと考えた時に、バーチャんに愚痴ったらしい。


 その話を聞いたバーチャんは大層怒った。


 『子供の元彼元彼女と融資が関係あるんか!』


 そんな感じで農協組合の支店に怒鳴り込んだそうだ。

 その場でバーチャんは全ての預貯金を解約し整備工場に融資した。


 更にバーチャんが知り合い全員に、

『農協組合は理不尽な理由で融資を引き上げた』

 みたいな感じで話を広めた為に支店はかなりの混乱に至ったそうだ。

 その後に農協組合に監査が入りわかったことだが、不祥事を働いた女性職員が関わった融資の全てを支店長命令で引き上げていた。

 翌年6月の農協組合の総代会は荒れに荒れた。

 荒らしたのはバーチャんだ。

 その総代会にバーチャんは出席し、決算報告の質疑応答で壇上に上がり、声を大にして理不尽な融資引き上げを暴露したそうだ。

 その後、色々とあって整備工場は農協組合指定の農機の整備工場になり、今は農協組合からの融資が無くとも経営は安定しているそうだ。


 店長の話を聞いて、俺はバーチャんが農協組合の人と電話していたのを思い出した。

 サツマイモの栽培の件で『組合の馬鹿』と叱りつける電話をしていた。

 それに『全部引き上げる』とか言っていたが、実際に預貯金の解約をやっていたんだ。


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