第四話 購入
次の日、特に何も変わった事は起こらなかった。普通に仕事に追われて、普通に残業して、普通に疲れて、普通に帰宅。
少しがっかりしてる自分に気付いて苦笑した。そうだよね、まさか本当に増えるわけないじゃない。
何気なく壁にかけてある時計を見る。私は思わず声をあげていた。
「あぁ、増えてる」
数字が13まであった。
見間違えたのかと思って、一度視線を外してからもう一度見る。やっぱり13まである。
目覚まし時計を確認してみると、これも13まであった。
朝、部屋を出る時は確かに12までだった。まさか本当に時間が増えたっていうの?
「すごい……」
現代文明は私が思っていたよりもずっと発達していたみたい。
数字が13まであったら、1時間は65分になっちゃうけどそこらへんどうなんだろう。そんな事を考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
目覚ましが鳴っている。
布団の中から手を伸ばしスイッチをオフにして、文字盤を確認する。数字は12までに戻っていた。
カーテンを開けてのびをしてみる。朝日が気持ち良い。
1時間増えるだけでも随分違うな。
妙に爽やかな気分で私は会社へと向かった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、結城さま」
仕事が終わってから卯月時間店に行くと、少年がカウンターの影からぴょこんと出てきた。口調は大人びているけど、仕草は子どもらしいんだな。微笑ましくなって少し笑った。
「1時間増えて如何でしたか?」
「すごく助かった」
「それは良かったです」
少年はにっこりと微笑んだ。
「また時間買いたいんだけど、どれぐらいするの?」
「そうですね、オプションを付けたりするとまた違ってきますけど、基本はこれぐらいです」
少年が差し出してきたカタログに書かれた値段は、ゼロが後ろにいっぱいくっついていた。
「け、結構するね」
「えぇ、何せ供給が少ない商品ですから」
少年が苦笑して答えた。時間市場も色々あるみたい。
「そっか、じゃあ明日を3時間増やして欲しいな」
「かしこまりました」
今までお金を使う暇なんかなかったから、そこそこの貯金があったのだ。
睡眠時間を増やしたり、休日を増やして溜まっていた家事をした。海外旅行を楽しんだりもした。
久しぶりにゆっくりできて、心が潤っていくのを感じた。とても穏やかな気分。
「結城さん、最近変わりましたよね〜。彼氏でもできたんですかぁ?」
いつもは鼻につく後輩の喋り方も、今は何も思わない。改めて、いかに自分に余裕がなかったのか思い知らされた。
でも、これからはもう大丈夫。そう、私は変わったんだ。




