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第三話 色素

 色素欠乏症、だったっけ。

 色素が極端に少ないから日光に弱くて、昼間は外に出られない。きっと夜中に家族でやってるお店の手伝いをしているんだ。

 うさぎを彷彿とさせるその容姿を、とても綺麗だと思った。

「あの、腕時計を見たいのですが」

「申し訳ございません。腕時計は取り扱っておりません」

「あ、そうですか」

時計屋のくせに。

「じゃあ置き時計を……」

別に置き時計が欲しかった訳じゃないけれど、お店に入った手前すぐ帰るのも何となく気まずくて。

「置き時計も取り扱っておりません」

「はぁ、そうですか」

何、この店。

 馬鹿らしくなって私はお店を出る事にした。

 ドアに手をかけようとした時、背中越しに声をかけられる。

「時を売っています」

店員を振り返って3秒程考える。

「と、時計?」

「時間です」

「……」

相手と話が噛み合わないと人間は不安を覚えるらしい。

 不思議の国に迷い込んだアリスはきっとすごいストレスを感じたんじゃないかしら。

「つまり時間を増やす、という事です。例えば1日のうち1時間でも睡眠時間が増えたら良いと思いませんか?」

「まぁ、それはそうですけど……」

「試してみます? 無料で明日を1時間増やして差し上げますよ」

怪しい。胡散臭い。催眠商法か何かなんじゃなかろうか。

 でも、確かに時間が増えるのは嬉しい。

「本当に無料なんですね?」

「無料です」

「……じゃあ、試してみます」

「かしこまりました。少々お待ちください」

そう言うと少年は古びた紙を取り出してペンで何かを書きつけた。個人情報でも聞かれるのかと身構えたけど何も言われなかった。

「それでは、お客様の明日を1時間増やしました。もしお気に召されましたらまたいらしてくださいね」

「あぁ、はい」

まあ、いいか。どうせ子どものいたずらだろうし。

「それではお待ちしております、結城さま」

「え? 何で名前を?」

「やだなぁ、一番最初に名乗ってくれたじゃないですか」

「あれ、そう……そうでした、ね……?」

駄目だ。眠すぎてもう頭が働かない。早く帰ろ。

 今の出来事だって、もしかしたら夢オチかもしれない。

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