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第一話 残業
「結城さん、悪いけどこれ明日までにやっておいてくれる?」
「あ、はい……」
定時2時間42分過ぎ。また新しい仕事が増えた。
今日も家に帰れるのは日付が変わってからだろう。入社してからこんな日がずっと続いている。おかげで毎日体のどこかしらが痛い。
本当は経理なんかじゃなくて翻訳の仕事がしたかった。なのに、内定をもらえたのは翻訳なんか全然関係ないこの会社だけだった。
私の大学4年間って一体何だったんだろう。
かといってこの不況じゃ転職する勇気も出ない。
日付が変わる2分前、やっと仕事が一段落した。
今日はもう切り上げて帰ろうと着替えていたら、左腕にしていた腕時計がなくなっている事に気付く。
やだな、どこで落としちゃったんだろ。
その日思いがけないミスをして落ち込んでいた私は、探す気力もなくそのまま会社を出てきてしまった。
深夜のビル街はひっそりとたたずんでいて、無意味に変色する信号の光だけが、雨上がりの濡れたコンクリートを毒毒しく照らしていた。




