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わたくし、悪役令嬢ですか?

 気がかりがあるとすれば一つだけ。


「お父様は、実行犯である平民二人の処遇を、どのように考えていらっしゃるのでしょう」

「勝手に貴族の名を騙ったのです。命を持って償うのが相応でしょう」

「っ……。で、ですが、それは!」

「分かっています。アスティリテ家の同意が得られませんでした。彼の家は有能ですが、変わり者が多いのが難点ですね」


 お母様は仕方なさそうに溜め息を一つつきます。


 よかった。アスティリテ家が反対してくださって。わたくしの言葉では、きっとお父様やお母様には届かないでしょうから。


「アスティリテ家との関係を悪化させるだけの価値は、彼らにはありません。処断はひとまず保留としましょう」


 でも、保留なのですね。油断できませんわ。

 断行しないよう、お二人にとっての彼らを生かす価値を付ける必要がありそうです。


「よろしいですね」

「はい、お母様」


 別の気がかりはできてしまいましたが、わたくしよりも余程確実に犯人に迫れることでしょう。否を唱える理由は、特にありません。


「そう言えば、貴女宛ての荷物が届いていました。刺繍でもするのですか?」

「ええと、その……。はい。トレス様に」


 刺繍は、特に問題はないはずです。


「そうですか」


 とても満足気ににこりと笑って、お母様はうなずきます。


「喜んでいただけるとよいですね」

「はい。頑張ります」

「ご苦労でした。お戻りなさい」

「はい。失礼いたします」


 立ち上がって礼をして、わたくしはお母様のお部屋を後にします。

 それにしても。クラウセッドの名前を騙ってエスト嬢を襲わせたのは、一体誰なのでしょう。

 早くことが詳らかになり、平穏になるとよいのですが。




 三度目の会合に向かう途中で、視線の先に見知った背中を二つ、見付けてしまいました。

 一人はエスト嬢。もう一人は彼女の幼馴染みだというクルスさんですね。


 わざわざ近付くこともないでしょう。歩調を緩めて間隔を詰めないようにしつつ、会議室へと向かいます。


 そうして階段に差し掛かったとき、妙な魔力の流れを感じました。


「きゃっ……!」


 ほぼ同時に上がる悲鳴。わたくしの目の前で、エスト嬢が強い力で押し出されるようにして足を踏み外し、危うい姿勢で落下していきます。


「エスト!」


 隣にいたクルスさんがエスト嬢の手を掴み、しかし落下を止めることは叶わず、一緒に階段を転がり落ちました。

 ただ、完全に不意を突かれたエスト嬢と違い、彼は落ち方を選べます。


 今のは魔力によって作り出した風によって引き起こされた、故意の事件。近くにエスト嬢を襲った何者かがいるはずです。


 ――が、先にエスト嬢たちの安否を確かめるのが先ですね。


「二人とも、怪我はしていませんか」


 階段を駆け下りつつ、声を掛けます。


 見ればクルスさんには護身の心得があるのか、エスト嬢を庇いながらも上手く受け身を取ったようでした。そしてなぜか、近付いたわたくしを睨み付けてきます。


「白々しい。貴女がやったんでしょう」

「言いがかりです」


 即座に否定します。


 ですがこれは、少々具合が悪い。彼らの後ろにいたわたくしが一番襲いやすかったのは、間違いありません。


「待ってクルス。そんなわけない」

「エスト、いくら相手が大貴族だからって、こんなことが許されていいはずがない」


 エスト嬢はわたくしの無実を訴えてくれましたが、クルスさんの方は聞く耳を持っていません。


「貴女は先日もエストを呼び出して、威圧していたそうじゃないですか。優秀なエストがそんなに気に食わないんですか?」

「ち、違うのよ! あれは、そんなことじゃないから!」


 話の途中で、エスト嬢はそのような演技をしましたものね。途中からイシュエル殿下もいらっしゃいましたから、彼の姿を追った誰かの目にも留まっていたかもしれません。


 あのときのエスト嬢には、間違いなくわたくしを牽制する意図がありました。


 だからでしょう。自身の行動が意図せぬ場面でわたくしに不利に働いていることに、彼女は焦って顔色を変えます。


 わたくしは彼女の行動の意味を知っていますからそう思えますが、今のこの状況では、まるでわたくしに脅されたことを気にして怯えているようです。


「エスト……」


 そんな彼女を気遣うクルスさん。貴族の横暴に耐え、飲み込まなくてはならない平民の姿、そのままですわ……。


「そ、それより、医務室に行こう! 診てもらわなくちゃ……」


 これ以上、ここに留まるのは得策ではないと察したか、エスト嬢は移動を提案します。勿論、クルスさんの具合が気にかかるのも間違いないと思いますが。


「僕は大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとう」

「それは、庇ってもらったあたしが言うセリフだと思う。ほら、人も集まって来たし、行こう。――わっ」


 強引にまとめて立ち上がろうとして、しかし力が入らなかったのでしょう。エスト嬢は再び、床にお尻を落としてしまいます。


「分かったよ。行こう。エストも診てもらいたいし」

「ひぇっ!?」


 自分よりも、エスト嬢の不調が決め手だったのでしょう。クルスさんはエスト嬢の主張にうなずくと、彼女を横抱きに抱えました。


 まあ。意外と力があるのですね。


 ああ、いえ。魔力の働きを感じますわ。自身の筋力を強化しているのでしょう。付与魔法に適性が高いのでしょうか。


「ななな、ないッ。これはないッ。こーゆーのは物語で、端から見てるから映えるやつッ!」

「エストは時々、よく分からないことを言うよね」


 幼馴染みにもそう思われているのですね。エスト嬢。


 体が密着した状態なのが恥ずかしいのか、エスト嬢は赤面しつつ遠慮したそうな素振りを見せますが、腰が抜けた状態ではどうにもならないと諦めたのでしょう。大人しく運ばれて行きました。


 ……さて。この空気、どうしたものでしょうか。

 被害者二人が去ってしまったので尚更、周囲の意識がわたくしに向いているのが分かります。


「ラ――、ラクロア様。会議の時間が迫っておりますわ。参りましょう」


 わたくしを犯人だと見なす重苦しい空気の中、通路の先から駆け寄ってきたクロエ様が、わたくしの手を取ります。


「……クロエ様」


 誰もが無言でわたくしを疑い、しかし視線さえも向けない状態。どこへ向けて釈明するべきかさえ分からない。

 けれどこうして手を取られたことで、動き出すきっかけをもらえました。そしてさらに。


「何をしている。通路は溜まり場ではないぞ。さっさと散れ」


 階段の上から冷ややかな声が降って来て、この場にいた全員がそちらを振り向きます。

 ガーデンパーティー顧問の、ヒューベルト先生ですわね。勝手にやれと仰っていた通り、二回目の会合にはいらっしゃいませんでした。


 今回は……。ああ、金銭が発生する案件だからですね。一応の確認のために、レグナ様が呼ばれたのかもしれません。


「さあ、ラクロア様。先生もああ仰っています」

「……ありがとうございます。クロエ様」


 クロエ様は、それほど豪胆な方というわけではありません。実際、わたくしに触れたクロエ様の手は震えていました。


 一番初めに声を上げるには、とても勇気が必要だったでしょう。

 わたくしのためにその一歩を踏み出してくれたこと、感謝に耐えません。


 会議室の中に入って人目が減ると、少し落ち着くことができました。部屋の中にいるのは概ね上位貴族なので、たとえわたくしがエスト嬢を襲ったのだとしても、気にしない方が殆どだという理由もあるでしょう。


 本来嘆かわしいはずのその意識に、助けられたと感じてしまったわたくしがいます。

 ……なんて、都合のいいことを。己の浅ましさが恥ずかしい。


「ラクロア様、大丈夫ですか?」

「ええ、わたくしは大丈夫です」

「それなら、よかったです。――あれぐらいの風の操作なら、適度に適性を持っていればあの場にいる誰にだってできるのに、いきなり犯人だと決めつけるようなこと……。あまりに視野が狭いですわ」


 クロエ様が憤慨してくださるのに、何とか笑みを作って応じます。

 けれど内心では、うすら寒さを感じずにはいられません。


 これもまた、クラウセッドを――もしくはわたくしを、陥れるための行動の一つではないのでしょうか……?


 わたくしに対してよい感情を抱いていないクルスさんがいたのは、犯人にとって、さぞ都合がよかったことでしょう。


 わたくしがエスト嬢を襲っていない証明は、難しいです。やっていないことは証明ができないものですから。


 問題にはされないと思われますが、おそらくわたくしが行ったこととして、皆に記憶されてしまう。

 あの空気の中では、わたくしの否定の言葉がどれだけ力を持てるでしょうか。


 ……もしや、お姉様が心配されていたのは、こういうことなのですか?

 わたくし今、悪役令嬢、というものにされているのでしょうか。


 ややあって会議が始まりましたが、上の空になってしまったのは否定できません。

 会議の内容は順調に進み、更なる問題が起こらなかったのが救いですわ。

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