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愛する相手のためになら

「あり得ませんわ」


 男性しか手に取らないものではありませんか。


「エストは多分、贈るわよ」

「エスト嬢はできそうですわね」


 その光景が簡単に思い浮かんでしまいます。


「だから先回りして、アキュラ家のご令嬢に贈ってもらうの。今なら懐事情の問題で、質にも差をつけられるし」

「な、なるほど……」


 平民――しかも本人曰く貧しい方に入るというエスト嬢よりも、クロエ様の方が質の良い品を用意できるのは自明です。


 しかし。しかしです。


「だ、大丈夫でしょうか。淑女として……」

「……駄目かな?」


 その贈り物をしていいかどうかから、迷いどころです。

 お姉様の案は、一般的に良しとされる淑女の贈り物とは異なりますが――


「いえ。セティ様なら、受け入れてくださる気もいたします」


 実用第一のレイドル家ですから。


「あと、恋心的にときめくでしょうか?」


 印象には残りますけれども。


「う、うーん」


 何しろ、色気も何もない贈り物です。お姉様もそこは自信がないのか、難しい声で唸ります。


「ま、まあ好感度は上げといて損はないわよ、うん」

「そ、そうですわね」


 そしてセティ様の反応を見て、この先の方法を考えましょう。

 ですが万が一、悪印象を持たれては大変です。その前に誰か、できれば殿方から意見を伺いたいところなのですが。


 ――あ。


「お姉様。この件、トレス様にもご相談してよろしいでしょうか?」

「ヴァルトレス殿下に?」

「はい。淑女が少々外れた行いをすることに、殿方がどのように感じるのか、参考までに伺えればと」


 け、決して、トレス様がお姉様をどのように見ているかを探りたいとか、そういう気持ちはございませんがっ。……少ししか。


「そう言えば、ヴァルトレスも様子が変だったような……。ロアの話すヴァルトレスも、まるで別人みたいだし……?」

「まあ、お姉様。トレス様が別人だなんて、そのようなわけがありませんわ」


 一時的な影武者を務める者さえ、いるかどうか怪しいです。王族ではありますが、トレス様はあえて軽んじられなくてはならないお立場ですから。


「あ、いや、そういう意味じゃなくて。……もしかして、もしかするのかなー。あー、会っておけばよかった!」

「!」


 お姉様の一言に、わたくし、自分の表情が強張ってしまったのを感じます。


 ……大丈夫、落ち着いて。もしこのような時が来たらと、まったく考えていなかったわけではないのですから。


 元々、このお話はお姉様のもの。もしお二人が望むのなら、わたくしは身を引くべきでしょう。

 少々外聞は悪いですが、その後の幸福でお二人なら乗り越えられると信じています。


「トレス様とお会いしたいのですか? お姉様」

「ちょっと会ってみたい気もするけど、やっぱりいいかな」


 しかしお姉様は拘る様子を見せずさっぱりとお断りになりました。ええ、ふと思いついた思考にどうあっても塞がらない穴が見つかったのに気付き、捨て去るぐらいの未練のなさで。


「散々婚約話を蹴っといて今更? って感じだし、ロアの婚約者だもん。面白おかしい噂にされたくない」


 トレス様が長らくお姉様を求めていらっしゃったのも周知ですから、確実に噂は流れますものね。


「そう、ですわね。お姉様にも婚約者ができて、その方を交えて四人でであれば、妙な勘繰りも受けないでしょうけれど」


 その場合は、家族となる者としての挨拶――政治色への注目度が高くなります。


「……そう言えば。ヴァルトレス殿下以降、わたしに婚約話ないんだけど……。あれ!? わたし大丈夫かな!?」

「大丈夫ですわ、お姉様。たとえこのまま嫁ぎ先が見付からなくても、わたくしがお姉様を支援します」

「……え。わたしロアに寄生する感じになるの? ――駄目駄目! だってわたし姉だもん!」

「何を仰るのです。家族の助け合いに、姉も妹も関係ありませんわ」

「ない、絶対ない! し、仕事。仕事を探さなきゃ!」

「ふふ。お姉様ったらご冗談を」


 クラウセッド侯爵家の娘を働かせようなどと奇特な方が、いるはずないではありませんか。そもそも、お父様もお母様もまず許しませんわ。


 貴族が働くということは、己の領地経営が上手くいっておらず、財力がないと喧伝しているようなものですもの。


「待ってロア! わたし今、凄く本気なんだけど!」


 お姉様の表情が必死です。

 ええと。まさか本気でそう考えていらっしゃる……?


「本当に、冗談ですわ、お姉様。だってわたくしがトレス様に嫁ぐ以上、お姉様は婿を取ってクラウセッドを継ぐはずですもの」


 お姉様に婚約話が持ち上がらないのは、イシュエル殿下のせいだと推察します。


 お父様は、王家に逆らう意思はないということを、わたくしとトレス様の婚約をもって示しました。ですが、イシュエル殿下の方からお姉様を娶るようであれば、それ以上の遠慮もしない方です。


「これって、あれかな。本編とかにはなかったけど、優秀な従兄弟とかに家は継がれて追い出されるパターン……? 絶対嫌! だ、大丈夫。落ち着け、わたし。今からでも遅くない。わたしは有能な領主候補を目指す!」

「ほぼほぼ、無用な心配ですわ、お姉様」


 家を追い出されるとか……それもまた、自らの教育の至らなさを触れ回るようなものですので、早々されません。


 お姉様は若干お父様、お母様との距離がありますが、それだけです。家の名誉を傷付けてまでお姉様を廃嫡しようとか追い出そうとか、そんなことはあり得ませんわ。


 だって、お姉様は領民にも人気がありますもの。無体な扱いをすれば、彼らの反感を買います。そして領民の感情を軽んじるほど、お父様は愚かな方ではありません。


 だと言うのに。

 お姉様はどうして、時々すごく悲観的なのでしょう……。


「ま、まあわたしの未来のことはちょっと置いておこう。遠……くもないけど、エストの問題の方が解決は先!」

「ええ。……あの方が言うには、わたくしには泥水を啜って生きるようになる可能性があるようですから」


 できれば、そのような目には遭いたくありません。


 わたくしがそう言った途端、お姉様はピタリと口を閉ざしました。青の瞳も強い光を宿して、わたくしを見詰めてきます。


「エストが、そう言ったの?」

「はい。邪魔をするならば容赦しない、と」

「上等じゃない……。ヒロインだからって、補正だけで何もかも上手くいくわけじゃないんだからね……!」


 そこには初めて、エスト嬢への敵意のようなものが窺えます。それが少し、意外でした。


「今までお姉様は、エスト嬢を避けようとなさっていましたわよね? どうしたのですか?」

「エストが誰と恋に落ちようが、構わなかったもの。でも大切なものに手を出されそうになってまで、見過ごそうとは思わないわ。向こうがその気なら、徹底抗戦あるのみよ!」

「お姉様……」


 わたくしのために、そこまで……。

 けれど、お姉様がそう仰ったということは。


「お姉様も、あり得るとお考えですのね。わたくしが泥水を啜ってしか生きられない未来が来るかもしれないと」

「場合によっては、ね。でも大丈夫よ。国賊になるぐらいのことをやらかさない限り、今のクラウセッド家には誰も手出しできないんだから。……そう。やらかさなければ」

「ええ、勿論。そのようなことをするつもりなどありませんわ」


 国の在り方について、まったく不満がないとは言いません。


 けれどわたくしは、生まれ育ったこのユーフィラシオ王国を愛しています。その国に弓を引くような真似などいたしません。


「とりあえず、何としてでもセティの篭絡を防ぐわよ!」

「はい、お姉様!」


 クロエ様のためにも、頑張りましょう!

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