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第5話 閃き、繋がる


 

 そんな考察を立てている所に、キリルの思考に声が割り込む。


「やりたくない事をしなきゃいけないなら、『効率的』にするしかないって、お母さまに教えてもらったの。でもどうやったら『効率的』かが、分からなくて」


 そんな言葉を皮切りに、セシリアは先日の母親との会話についてキリルに話して聞かせた。



 それを聞くに、セシリアは先日の母との会話をきちんと理解出来ている。

 そしてその言に、納得もしている。


 しかし「突きつけられた現実に向き合って見たものの、どうすれば解決するかが分からない」というものだった。


 ――どうしたら『効率的』に出来るのか。

 その答えが、セシリアの中では未だ出ずにいるのだ。



 途方に暮れたペリドットの瞳が、助けを求める様な色で「どう思う?」とキリルに問いかけてきていた。

 そんな瞳に、キリルも「うーん」と唸り声を上げる。

 

「したくない勉強を効率的に片づける方法かー……」


 これは難しい問題だ。

 というのも、何を隠そうキリル自身も『おべんきょう』が始まった頃に、同じような悩みを抱いていた時期があるのだ。



 『本人に身の危険が無い限り、決して物事を強要しない』というのが、オルトガン伯爵家の教育方針だ。


 そんな常識の中で育てられた子供が7歳になり、生まれて初めて物事を、『勉強する事』を強要される。

 それは今までの教育方針と矛盾する現象であり、今までの指針と相反するものである。


 突如として現れたその矛盾を前に、オルトガン伯爵家の子供が何も思わない筈がない。

 そして今まで『分からない事はそのままにしない事』と教えられてきた子供が何もしない筈もない。



 何故、『勉強』を強要するのか。


 その答えは、先程セシリアが言っていた通り『貴族にとって、それが義務だから』であり、『強要しない』という方針への唯一の例外がソレだからである。



 オルトガン伯爵家の子供達はみんな、自らが背負う特権と義務の存在に遅かれ早かれ自分で気付く。

 そこまでは全員に共通する事だ。


 しかしその答えに対し自分の中でどう処理するかに関しては、どうやらそれぞれに個性が出るようだ。




 キリルの場合は、嫌いな授業の時間によく脱走していた。


 勉強を物理的に回避しようと画策し、しかし貴族の仕事を熟す父親の格好良い後ろ姿を目撃して以降は「そんな父の様になる為に」と、嫌いな事もどうにか席に座って頑張れるようになった。



 マリーシアの場合は、我慢することにした様だ。


 彼女は「嫌だけど必要ならば仕方がない」と自分の気持ちに折り合いを付けた。

 そして「今はまだ苦手な事も、せめて大人になった頃には出来る様に頑張らなければならないのだ」と自分を戒め、未来へ向けて今正にコツコツと努力している最中である。




 キリルとマリーシアは、その問題に丁度『勉強』が始まった7歳の時にぶつかった。

 しかし、セシリアの場合は。


(どうやら3年もフライングしてしまったみたいだな)


 キリルはそう、独り言ちる。



 兄妹の中で最も好奇心旺盛なのがセシリアだ。


 いつだってチラリと見えた疑問の欠片を片っ端から掘り返したり拾ったりしては、端から端まで余すことなく頭を突っ込んでいく。

 そんな性格の彼女なので、『らしい』と言えば『らしい』。


 頭の端の方でそんな風に考えながら、キリルは「そうだなぁ」と声を上げた。


「そもそも楽しくない事を『やらされる』のって、何かとってもつまらないんだよね。……例えば目標とかが見つかれば、それに向かって頑張れるんだけど」


 それは正に「経験者は語る」という感じだった。

 そしてそんな兄の言葉の一部分に、セシリアはピクリと反応する。


「目標?」

「うん。目指すモノが見つかれば、ちょっとくらい大変でも『その為に頑張ろう』って思えるでしょ?」


 そしてその気持ちは嫌な事に対して有効だ。

 そう、彼は妹に説く。


「例えばちょっとくらい大変でも『もうちょっと頑張ろう』とか『もっと多く、もっと早く』とか、そう思う為の起爆剤になるっていうか……」


 それは、まだ9歳の少年が伝えるには少しばかり難しい感覚だった。

 しかしそれは『感情を知らない』というよりは『言葉を知らない』と形容できるものである。



 その言葉は、決して簡潔でも綺麗でもなかった。 しかしその言葉の趣旨は、確かに妹へと伝わった様である。


「目標……『もっと早く』って頑張れる……」


 セシリアはそう口の中で呟くと、手元のティーカップをスリスリと撫でながら考え始めた。


(キリルお兄さまは、「楽しくない事を『やらされる』のって、何かつまらない」って言った)


 思考の中で、彼の言葉を掻き回す。


 そして、とある一つの結論へと至った。

 

(つまらない事をするのは、『大変』なんじゃない……?)


 それはセシリアの中で『何か』が繋がった瞬間だった。



 セシリアは、少し前に聞いた兄の言葉を思い出す。



「楽しくない事を『やらされる』のって、何かつまらない」



 もしもこの言葉と「楽しくない事を『やらされる』のは『大変』」という言葉がイコールで繋がるのなら、それはつまり「『大変』になりたくないのなら、つまらなくなければ良い」のではないだろうか。


 つまり。


(もしかしたら、『やらされる』がダメなのかもしれない)


 兄から与えられた言葉を起点に、セシリアの思考が加速する。

 さながら沸騰し始めた水入り鍋の底から気泡が1つ、また1つと水面に上がっていくかの様に思考が意識上に浮上して、そして遂に一つの回答が導き出された。


(……『やらされる』のが嫌なら、『自分から進んでやる』しかない)


 そう思った瞬間、とある言葉が不意にセシリアの思考を過ぎる。



「『やらされる』よりも『やる』方が、よほど効率的なのよね」



 いつか母が言っていたその言葉を思い出した瞬間、その言葉が自身の行先をまっすぐ照らしてくれた様に、セシリアには感じられた。


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『伯爵令嬢が効率主義に成長中だったら。』
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