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第4話 溢れた弱音と、わけた温度


 『思いを馳せる』とはいっても、これはそんなに過去の話ではない。

 日付は一昨日、2日前の事である。




 マリーシア・オルトガン。

 それが3兄妹の真ん中に当たる少女の名前だった。



 貴族では、7歳になると社交界デビューを迎える10歳に向けて貴族教育を始める。

 家庭教師を雇って、『おべんきょう』を始めるのだ。


 最近7歳になった彼女も例に漏れず、家庭教師師事の下つい先日から『おべんきょう』を開始していた。

 その大変さは、その道を既に通って来たキリルにはよく分かる。



 一昨日。

 お昼のお茶会で、キリルは久しぶりにお茶会の席でマリーシアと会った。


 『おべんきょう』のカリキュラムの関係で時間が合わず、お茶会に顔が出せない日というのがキリルにはある。

 そしてそれは、最近『おべんきょう』が始まったマリーシアも同じだ。

 互いに顔を出す日がまちまちになれば、当然遭遇率も下がる。



 久しぶりに会ったマリーシアの顔には陰鬱さの陰が見えていた。


「マリー」

「キリルお兄様」


 右手を上げて挨拶をし、彼女の正面に座る。

 するとすぐに深いため息が聞こえてきた。


「相当疲れているみたいだね、やっぱり『おべんきょう』、大変?」

「えぇ、まぁ。今まで誰かに付きっ切りで教えを乞う事なんて無かったですから、勿論疲れるのですが……」


 マリーシアは此処で一度言葉を濁す。


「座学は別に良いのです。基本的に暗記ものばかりですし、私暗記は得意ですから」

「それは羨ましい限りだな、僕なんか机に座るの嫌いだけど」


 クスリと笑ってそう言うと、マリーシアのジト目が彼を捉える。


「私の方が羨ましいです。だってお兄様、体を使うのは得意ではないですか」


 口を尖らせて、彼女が言った。

 その言葉に、キリルは「ふむ」と考える。


「という事は、マリーが躓いているのはダンスレッスン?」


 男児には体を動かす系統の『おべんきょう』の中に武道の稽古もあるが、女児にはソレが無い。

 その為彼女の言葉から推測出来る物はおのずと一つになる。



 そしてそんなキリルの予想はどうやら当たったようだ。


「出来ればもう、やりたくないです……」


 そう言って、マリーシアは机に突っ伏す。



『おべんきょう』が嫌になるのも、しかし「それから逃げる事は決して出来ないのだ」という事も、キリルは過去の経験から身をもって知っていた。

 だから「今の自分がこの妹にしてやれる事は何も無いのだ」という事も、もちろん理解している。


 だから。



 まるで差し出すように目の前にやってきた妹の頭を、キリルは優しく撫でた。


 言葉で「分かるよ」と言うのも、「頑張れ」と言うのも、とても簡単な事だ。

 しかしそんな薄っぺらい言葉ではなく、彼は自らの温もりを彼女に分ける事を選んだ。


 マリーシアは、ただ黙ってその行為を受けていた。


 何も発さず、そして兄の優しい手から逃げる事もなく。

 しばらくの間、妹は無言で兄からの無償の愛を甘受し続けたのである。



 ***



 今思えば、弱音を吐くマリーシアなんて珍しかった。

 セシリアが物心ついて以降、マリーが弱音を吐く事はめっきり減っていたのだ。


(それはきっと、妹の前ではかっこいい自分で居たいと思っているからなんだろうけど)


 キリルだって妹達に良い格好したいから平気なふりをしたり頑張ったりする事はあるから、その気持ちはよく分かる。


 そしてそれでもあの弱音を見せたのは。


(それだけ彼女も精神的に追い詰められていたって事だったんだ、多分)


 そして、様変わりした日々の大変さに、思わず封印していた弱音を解いてしまった。


 もしかしたら、セシリアの前でもポロリと何かを溢したのかもしれない。

 だとしたら、セシリアの『おべんきょう』への忌避にも頷ける。



 きっとセシリアはこう思ったのだろう。

 

 あのマリーシアお姉さまが大変そうにしている。

 いつも朗らかで優しいお姉さまがこんなに憂鬱そうにするくらい、『おべんきょう』とは大変なものなのだ、と。



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