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炎の記憶




 時はやしろが幼少期にさかのぼる。


 山奥の小屋…ここは昔から人を喰らう鬼や天狗や妖怪が住みつくと呼ばれ…付近の人間は近づくことすらしない。




「…来やがったな」




 小屋の切り株に胡座をかいている男がいた。


 男の目先には山道があり人影が見てとれる。




「今日はどうした?」




 人影は山道から小屋の付近まで来た、人影は少年。




「なんでもねえよ……」




 乱れた髪型、鋭い目つき、左目の眼帯と気の弱い子供ならば道を退く風貌ふうぼうだった。


 彼こそが社、およそ10の歳の姿である。




「また喧嘩だろう。大方近所のガキを絞めて来た…図星だろ」




 男がからかうように言うと、顔をそむけながらぶっきらぼうに社は返した。




「いいだろ、別に……」




「だが社…加減って門がお前にゃあないのか? ん?」




 社は不貞腐ふてくされたように口を開かない。


 だがこれはいつもの事、やれやれとため息をして男は再び口を開く。




「まあよい…さて昨日教えた流月りゅうづきの型は覚えたか?」




 それを聞くなり、社は不貞腐れていた表情からパッと顔色を明るく変えた。




「ああ、オッサンのおかげで完璧に覚えたよ、それでアイツらのめしたんだよ」




 得意気になって言う社に男は笑って答えた。




「当たり前だ!このながれが教える技に負けはあるまい!」




「…今更ながらありがとよ…俺をここまで育ててくれたうえに技まで教えてくれて」


 少し気恥ずかしそうにしながら、社はうつむきながら言葉を零した。


 薄ら笑いを浮かべながら、流は頭を掻いて小屋に戻る。


 社もそれに続いて小屋に入って行った。







 小屋の中には広い道場が広がっている。


 社はここで流から技を習っていた。


 二人は膝をついて向き合う。




「さて、この流もそろそろお前に究極奥義を教えにゃいけないな」




「究極…奥義…?」




「しかし究極奥義なだけに簡単にゃあできん」




「長い年月が必要なのか?」




「ああ…さてその前に……」




「いつもの課題修行だろ」




 社は嫌がる表情もせず、すっくと立ち上がった。


 いつも通り、山を登るという子供にはキツい課題。それに加えて流の言う物を取ってくるという二つが合わさった課題を社はずっと継続していたのだった。


 


「今日は山奥にある〝サク〟という花を取ってこい。この花だ。分かったなら行け」




 流がふところから取り出した、5つの花びらが桃色から紫色へと次第に変わって行く不思議な花。


 社は頷くと刀と袋を抱え飛び出した。


 走る社を見送ると流は奥から刀を取り出す。




「さてと…ゼルも酷い男だ……」




 流が振り向くと黒いコートとサングラスを身に纏うスキンヘッドの男が立っていた。




「ゼルの使いっぱしりか?裏世界の処刑人に狙われるとは光栄だな」




 流がフラフラと歩きながら抜き身の体制に入る。




「俺は争う気は無い、貴方が我等に手を貸すならば一切の手を加えるな…と」




 黒い男は立ち尽くしながら言う。


 両手はぶらりと下げられたまま。


 隙は無いが、争う気が無いのは雰囲気で分かっていた。




「出来れば隠居生活を送りたい身だが…万が一嫌だと言ったら?」




 流の問いに黒い男はコートから警棒が鎖で纏まったようなものを出した。それを振ると一瞬で関節が纏まり黒塗りの長い棒になった。




「これが答えだ、貴方に選択肢はない」




「ふむ…面白い男だな…俺に選択肢がないと…」




 流は一瞬で間合いを詰め居合い斬りを放つ、黒い男は棒で受け止め横に振るう。





──ッ!!




 互いの全身を震わせる衝撃波。落雷のような音がその場へと響き渡った。




「かなりの腕だな…」




「貴方こそ…」




 二人の攻防は互角だった。


 一方山奥では社がサクを探していた。




「おっ、たくさんあるな」




 一度見てしまえば分かる色合いの不思議な花。山と言えど、ずっと課題をこなして来た社がサクを見つけるのはそんなに苦労はしなかった。


 見つけた花を社は袋に詰め始める。




「オッサン、サクをどうするつもりだろう?」




 一人言を喋りながら社はサクを詰め続けていた。


 小屋では凄まじい攻防が繰り広げられているのを知らずに。


 もはや小屋は半壊状態。


 二人はボロボロになりながら戦っていた。




朧爪おぼろづめぇ!」




 流が空中で斬撃を放つ、黒い男は紙一重でかわし棒を叩きつけた。




「戦国から伝わる空葉流くうはりゅう剣術…だが貴方には弱点がある」




 黒い男は口元に笑みを浮かべながらそう零すように口にした。




「弱点…だと?」




「リーチ…貴方に足りないものは…」




「なにぃ!」




 その瞬間、流の体中に激痛が駆け巡った。


 突如として己の身体に現れるその痛みに流の口から苦悶の声が絞り出される。




「ぬおッ……!」




 ふと下を見てみると、全身が鎖で拘束されていた。


 鎖で連結された棒──多節棍。


 黒い男は棒に念を込めた。




「はああああ!」




 巨大な火柱に流は包まれる。その火柱は山奥から戻る社に目に映った。




「ッ!? オッサン!」




 胸騒ぎを覚えた社は暗い山道を駆け下り、小屋へ急ぐ。




「まさかオッサンが!?」




 社が半壊状態の小屋へ着いたとき、中から壮絶な火柱が上がっていた。


 周りが暗いが小屋は真昼のように明るい。




「おーい!! オッサン!」




 火柱に包まれる流は社の声に耳を傾けた。


 社の目には凄まじい光景が見えた。黒い男が棒から火柱を放ち、流を包んでいたのだ。




「終わりだ…むん!」




 男は念を込めると流の身体は爆発し、鎖は棒へ舞い戻る。




「オッサン…?」




 立ち尽くす社に闇に消える男は見えなかった。


 ただ流を焼き尽くした業火と、黒こげになり倒れていく流しか見えなかった。




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